筋肉痛
「……っ!?」
夜明け前、ふと目を覚ました瞬間異変に気付く。
何が起こったのか、という疑問は一瞬。
正常な思考は、理屈など意味を成さない激痛によって無理矢理塗り潰された。
思うように動かない身体は、まるで鋭い棘の生えた茨で縛り付けられているかのよう。
手足は、まるでそれ自体が鉛になったように重い。
一呼吸ごと、心臓の一拍ごとに合わせるかのように痛みは襲い掛かる。
それは、あえて例えるならば猛毒入りの高圧電流。
耐え難い痛みが間断なく脳髄を抉り、それに耐えかねて私は悲鳴を上げた。
「いたっ痛ぁ、なんか全身がめっちゃ痛いですよ!?」
まあ言ってみれば単なる筋肉痛なんですが、その痛みはとても「単なる」で片付けていいものではありません。
「さては、昨日の筋トレが原因ですか……!」
慣れない事はするものではありません。
そういえば魔法によって増強された筋肉で、何百キロもありそうなバーベルだのダンベルだのを色々持ち上げましたっけ。魔法の効果の検証をする必要があったので、なるべく重そうなのを使ったんですが、それがこの痛みの元凶だったようです。
魔法の効果が切れると共に筋肉は失われましたが、それによって蒙る筋肉へのダメージは別に消えてなくなったりはしないようです。また一つ賢くなりましたね、私! なんの解決にもなりませんが!
それに筋トレ以外でも、鍛冶屋さんに行った時にテンション上がって、色々な武器を持たせてもらったりしましたっけね。全身痛いですけど、特に両腕の痛みがヤバいのは素の状態で重量物を扱ったせいかもしれません。
「痛っ、もう泣きますよ、ホント!」
生粋のインドア派たる私の痛み耐性の低さをナメてもらっては困ります。誇張ではなく本当に泣けてきました。しくしくしく。
それに冷静に原因を分析しても、それでこの痛みが消えるわけではありません。
むしろ、寝ぼけていた状態から覚醒するにつれて、どんどん痛みが強くなっているような気さえします。
「……あ、おはよ~、リコちゃん」
そんな時、隣で寝ていたミアちゃんが目覚めたようです。
まだ起床するには早い時間ですが、痛みに悶える私の悲鳴で起こしてしまったのかもしれません。悪い事をしたとは思いますが、残念ながら今の私には他者を気遣う余裕などありません。
「あれ、どうしたの?」
「ひゃい!?」
様子のおかしい私の姿を見て疑問に思ったのか、彼女はポンと軽く私の腕に手を触れました。それによって痛覚が刺激され、なんだか変な声が出ちゃいましたよ。ミアちゃんに悪気がないのは分かっていますが、ちょっと勘弁して欲しいです。
「ちょ、ちょっと筋肉痛が激しくてですね……」
「そっか、じゃあもう少し寝てたほうがいいね。ノド渇いてない? 動くのが辛かったらお水貰ってくるよ」
おお……なんて良い子なんでしょう。
ミアちゃん、マジ天使。
「あ、もしどうしても痛みが酷かったら、魔法を使うといいよ。魔法を使ってる間は痛みを感じにくいらしいから」
「そうなんですか! ……『
早速、寝間着がわりに着ていた体操服を破れないように脱いで、呪文を唱えました。
脱ぐ時は全身に針で刺されたような痛みがあったのに、身体のサイズが大きくなるにつれて確かに痛みが引いていきます。
「ふぅ、危うく筋肉痛で死ぬところでした」
「ふふ、大袈裟だよ」
素っ裸のマッチョボディを取り合えず近くにあったタオルで隠し、ようやく一息吐きました。
「筋肉の成長の為には、魔法で早く治さずにじっくり時間をかけたほうがいいんだけどね」
「いえ、私はそういうの結構ですから」
魔法を使うと痛みを感じにくくなる。
この世界に来てから、まだ身体にダメージを負うような事はなかったので気付いていませんでしたが、これは有益な情報です。
痛みを軽減する類の脳内麻薬、アドレナリンやエンドルフィンでも大量に出ているのでしょうか。それとも奇想天外摩訶不思議な魔法パワーで直接脳内の痛覚信号をカットしているのかもしれません。この際、痛みが止まればどちらでも構いませんが。
「回復力も上がるはずだから、そのまま休んでいれば朝ご飯までには痛みも引くと思うよ」
「そうですか、それは重畳」
「うん、そうしないと朝のトレーニングがちゃんと出来ないもんね」
「そうですね! ……え?」
そういえば毎朝やるって言ってましたっけ。
「今日は楽しみなの。ほら、昨日わたしも魔法を使えるようになったから。お父様達びっくりするかな?」
筋トレが楽しみという感覚は理解不能ですが、ミアちゃんはとても楽しそうです。
あの奇習のせいであんなに痛い目にあったので気が進みませんが、これはもしかすると、私もまたやらなきゃいけない流れですか?
ですが幸か不幸か、この後に飛び込んできた報せによって、この日のトレーニングはお流れとなるのでした。
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