オヤツを食べにいこう

  

 「さっきは私の趣味に付き合わせてしまいましたから、次はミアちゃんの行きたい所に行きましょう。何か希望はありますか?」



 先程は多数の刃物や鈍器やバールのような物に囲まれて、不覚にも興奮してしまったようです。その間、ミアちゃんには退屈させてしまいましたし、次は彼女の希望を聞く事にしました。


 「地元民の彼女に今更行きたい場所があるのか?」と質問をしてから気付きましたが、意外にも打てば響くような早さで返答が帰ってきました。



 「うん、前から行きたかったお店があるの」


 「では、そこに向かいましょう」



 何でも、以前から気になっていた甘味処があるそうなのですが、いつも混雑している人気店なので彼女一人では入りにくかったのだとか。確かに、ミアちゃんの性格だとそういうのは苦手そうですよね。


 私はというと、一人牛丼屋はいつもの事ですし、一人ファミレス、一人焼肉辺りは大体経験済みです。前に同級生に言ったら勇者扱いされましたっけ。まあ、その勇者の称号はこの世界では役に立ちそうにありませんが。






 目的の甘味処には、甘い物に飢えた若い娘さん達が長い行列を作っていました。まあ、私達もその同類なのですが。列の最後尾に並び、周辺の観察をしながら順番を待ちます。


 どうやら、この世界でも女性は甘い物に目がないようです。この私もその例に漏れず甘い物は好きですし、行列の長さから判断するにこれは中々期待が持てそうです。


 二十分近く待ってようやく席に通されました。

 店内のインテリアも洒落ていてセンスがいいですし、席数を絞ってある為か、混雑しているのに圧迫感をあまり感じません。単に味が良いというだけではなく、こういった店内の雰囲気も人気の一因なのでしょう。

 私は献立表の文字が分からないのでミアちゃんと同じ物を頼み、数分ほどで注文した品が来ました。



 「ほう、なかなか美味しそうですね」


 「うん、並んだ甲斐があったね」



 注文したのは、分厚く焼き上げたパンケーキのような小麦菓子に、クリームや果物がたっぷりと盛り付けられたヘビーな一品。


 そういえば、日本でも一昔前にパンケーキの流行がありましたっけ。

 市販のホットケーキミックスを使えば簡単にそこそこ美味しくできるので、私もたまに作っていました。もちろん、具はこんなに豪華ではありませんし盛り付けも適当でしたが。


 そういえばパンケーキとホットケーキの差異が未だによく分からないんですが、あれは名前が違うだけで同じ物という認識でいいんでしょうか。大判焼きと今川焼きみたいな関係ですかね?



 「ねえリコちゃん、食べないの?」



 おっと、いけません。

 考えが明後日の方に飛んでいる間に冷めてしまっては困ります。

 私はナイフとフォークでパンケーキもどきの端の部分を小さく切り取り、クリームや果物は付けずに、それだけを口に入れました。



 「……うん、美味しいですよ、かなり美味しい。でも何だか知らないけど、あんまり味がしませんよ、この生地」


 「違うよ、リコちゃん。クリームと一緒に口の中にいれるの」


 「何ですって、クリームと一緒に? まあ、こういうのはですね、大抵日本人とは味覚が違うんですよ…………ぅンまァァ~~い! 生地がクリームを、クリームを引き立てる!」



 元ネタを知らないだろうに、私の寸劇に完璧な合いの手を入れてくれたミアちゃんのツッコミセンスは流石ですね。ちなみに、今のやり取りの意味が分からなかった人は、やたらと濃い顔の登場人達が徐々に奇妙な冒険をする某漫画の第四部を読んでください。



 「美味しいねぇ」


 「ええ、でもこんなに食べて夕食が入らなかったら困りますね」



 分厚い生地プラス山盛りのクリームと果物はかなりのボリュームがあります。

 もうすぐ夕方に差し掛かるくらいの時間ですし、今これだけ食べたら夕食が入らなくなってしまいそうです。私がさも当然の権利のように今夜もご厄介になるつもりでいる点は気にしないでください。



 「これくらいの量なら大丈夫だよ」


 「そうですか?」



 私はもうそろそろお腹が重く感じてきたくらいの腹具合なのですが、ミアちゃんはニコニコと微笑みながら、上機嫌でパンケーキを口に運んでいます。


 ミアちゃんは私と同じくらいの小柄な体格なので食べる量も同じくらいかと思っていましたが、意外にも中々の健啖家のようです。考えてみれば、毎食結構な量が出されるあの家の食事を毎食摂っているのですから当然かもしれません。



 「良かったら私の分も少し食べてもらえませんか?」


 「いいの?」


 「ええ、助けると思ってお願いします」



 結局、お皿の上の七割ほど食べた時点で、残りをミアちゃんに食べてもらう事にしました。

 残すのはもったいないですが、無理して全部食べると夕食が入らなくなりそうですし、何より先に食べ終わったミアちゃんが私のお皿をジッと見つめているのが少々気まずかったのです。彼女とはこれからも良い関係を保っておきたいですし、これしきの事で好感度を稼げるのならば安いものでしょう。


 まあ、これしきも何も、この場のオヤツ代は私の分も全部ミアちゃんが払っているのですが。なにせ、未だに一文無しは継続中ですので。


 これは、そう……まるで、恋人に貰ったお小遣いでその恋人に贈るプレゼントを買うヒモになったような気分ですね。自分で言うのもどうかと思いますが、その内刺されても文句は言えないような気がします。

 

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