むかしむかし、あるところに……

   

 「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。


 ある日、おじいさんは山へ高地トレーニングに、おばあさんは川へ筋トレにいきました。


 高い山で激しい運動をする事で心肺機能が強化され、腰から下を水に沈めた状態でスクワットをすると、水の負荷がかかって強い足腰ができあがるのです。


 川に着いたおばあさんが己の肉体を虐めていると、川上からどんぶらこ、どんぶらこ、と大きな桃が流れてきました。


 おばあさんは、あわてて流れてきた桃を拾い上げました。なにしろ、おばあさんが両手で抱えるほどのサイズの桃です。ちょっとした赤ん坊くらいの重量がありました。


 これはいい、と思ったおばあさんは、早速その桃をウェイトがわりに肩にかついだままスクワットを再開しました。


 おばあさんは家に帰ったあとでおじいさんにもその話をして、翌日からは二人で桃の重量を利用したトレーニングをしました。


 どういうわけか桃の重量は日に日に重くなりました。まるで幼子が成長するが如し有様です。


 こうして、日に日に重さを増す不思議な桃で鍛えた二人は、他に類を見ないほどの強靭な肉体を手に入れたのです。


 あと、なんか大鬼オーガが攻めてきたけど、鍛え上げた二人の敵ではありませんでした。


 桃の大きさはすでに成人男性がすっぽり入るくらいの大きさになっており、それを軽々と扱う二人の筋力はいつの間にか大鬼をはるかに凌駕していたのです。


 大鬼を返り討ちにした際に落としていった財宝を手に入れて、おじいさんとおばあさんはいつまでも幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし」











 「………………………っは!?」


 

 失敬、あまりに凄まじい内容に言葉を失っていました。


 帰宅してから夕食までの時間つぶしに、ミアちゃんからこの世界の伝承や物語について聞こうと思ったのですが、初っ端からコレですよ。


 いくらなんでも酷くないですかね?

 多分その桃、中の人がずっと出待ちしてますよ。


 まあ、頼み込んで語ってもらったというのにノーリアクションというのもどうかと思うので、一応は礼儀としてツッコんでおきますか。


 

 「あの、その桃の中から人が生まれてきたりはしないんですかね?」


 「え? なんで桃から人が生まれるの?」



 まあ、ミアちゃんの疑問ももっともです。


 そもそも現代の桃太郎の話は子供向けにマイルドにアレンジされた内容で、元となった民話では桃から生まれたりはしないそうですし。たしか元の話だと、不思議な桃を食べて若返った老夫婦がハッスルして生まれた太郎さんのお話だとか。




 「なかなか興味深い内容でした。よかったらまた今度他の話も聞かせてください」


 なんでこういう話を聞かせてもらっているかというと、元の世界への帰還方法の手がかりを探るためです。


 まあ、半分以上駄目元ではあるのですが、地球における昔話でも『浦島太郎』や『ジャックと豆の木』などの、異界に行ってから帰還したタイプのお話は散見されます。


 なにしろ、現状だと行動のための指針が何一つありませんので、物語の中からそのヒントを探ろうと思い付いたという次第です。


 結果に関しては先程の通りでしたが。

 昔話だというのに、得られたものといえば効率の良いトレーニング方法の知識だけですよ。この世界、ずっと昔からこんなノリだったんでしょうねぇ。



 「やれやれ、先は長そうですね」



 まあ、焦っても良い事はありません。

 もう間もなく夕食の時間のようですし、ひとまず頭を切り替えてから今後の方針を考えましょう。

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