朝のトレーニング

    

 「ふっ、ふっ、ふっ」


 「セイヤッ、セイヤッ」


 いや、ミアちゃんのご家族と一緒に食後の筋トレをしているんですが、マッチョだらけのなんとも暑苦しい光景です。というか、そもそも「食後の筋トレ」という言葉がさも当然のように出てくる意味が分かりません。



 「はっはっは、もっと重いのでも大丈夫そうだね! ほら、これを使うといいよ」


 「ええと……ありがとうございます?」


 「なに、お安い御用さ!」



 私も『筋力強化マスール』でマッチョになった肉体で、ダンベルだのバーベルだのをひょいひょい持ち上げていたんですが、重さが足りないようだと見たお兄さんが、親切にも倉庫から更に重いダンベルを持ってきてくれました。


 正直あまり嬉しくはありませんが、気遣いを無下にするのもどうかと思ったので仕方なく見様見真似のダンベルカールなどしてみます。普通だったら両手を使っても持ち上げることさえ出来ないような重さですが、今は強化された筋力のおかげで簡単に上がります。

 肉体面の疲労はそれほどでもありませんが、根が運動嫌いのためか精神的に消耗しますね。



 ちなみに、普通の服のままでは魔法を使ったらすぐに破れてしまうので、ミアちゃんのお母上からトレーニング用の服をお借りしました。伸縮性に優れていて、普段の状態だとややブカブカなのですが、マッチョになっても破れないスグレモノ。形状としてはレスリングのウェアとスク水の中間みたいな具合です。


 こんな便利な服があるという事は、やはり女性の魔法使いの場合は昨夜私が思ったように魔法を使った際に衣服が破れる事を気にする人が少なくないのでしょう。これは少なくとも一着、できれば替えも含めて何着か欲しいですね。常時着用しておけば、咄嗟に魔法を使っても裸体を衆目に晒すリスクも減るでしょうし。



 それにしても、先程からお屋敷の庭でミアちゃんの一家と私とで揃って筋トレに励んでいるのですが、この光景の異常性を認識しているのは私だけのようです。


 ミアちゃんのお父上などは、ドラム缶サイズの鉄塊二つを細い棒でつなげたような異様な形状のバーベルでスクワットに励み、お兄さんとお母上は私と一緒に巨大なダンベルで上半身のトレーニングを。


 重さの単位がグラムではないので正確にどの程度の重量があるのかピンときませんが、ダンベルの小さい物でも恐らくは五十キロ以上、お父上の使っているバーベルなどトン単位の重さがあっても不思議ではない大きさです。普通ならばどれだけの筋力があっても骨格や関節がここまでの負荷に耐えられないと思うのですが、魔法による強化はその辺りもしっかりとカバーしてくれるようです。



 唯一、まだ魔法が使えないミアちゃんも、細い腕をプルプルと震わせながら腕立て伏せをしていました。まあ、わずか五回だけで力尽きて潰れてしまったようですが。素の状態の私といい勝負です。

 ここだけ常識的な光景で見ていて微笑ましいですね。なんだか癒されます。



 まあそんな具合に、朝食を終えてからおよそ一時間近くもの間、この家の奇妙な風習に付き合ったのでした。「マッチョ」という言葉が頻出しすぎて、なんだかゲシュタルト崩壊を起こしそうです。






 ◆◆◆






 「ふぅ、五臓六腑に染みますねぇ」


 トレーニングを終えてから井戸水を浴びて汗を流し、よく冷えた牛乳を飲んで一息吐きました。今は魔法の効果も切れて(正確には自分の意思で切って)通常の体型に戻っています。


 最初のうちは意図せぬタイミングで魔法が切れてかけなおしたり、逆に効果時間がなかなか切れなかったりと効果が不安定だったのですが、何度か試すうちにコツを掴んで自在に体型を変化させられるようになりました。


 予定していた魔法の効果の検証もある程度出来ましたし、結果だけ見れば上々と言えるでしょう。それでも大いに疲れましたが。



 「頑張った後の牛乳は美味しいね」


 「ええ、まったくです」



 ミアちゃんもノドをこくこくと鳴らしながら、可愛らしく牛乳を飲んでいます。僅か腕立て五回でヘバっていた割には良い飲みっぷりです。



 「ところで、あの食後の筋トレとやらは毎日やっているんですか?」


 「うん、毎日やってるよ。雨の日はお庭じゃなくて室内だけど」



 ……困りました。

 もしこの家にこのまま住み着くとなると、毎日必ずあの奇習に付き合わされそうです。


 この家はご飯も美味しいですし、皆さん良い人で居心地が良さそうなのですが、住処に関しては別の場所を探したほうが良いかもしれません。

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