わいるど・がーる


 「『ステータス』!」


 りこは すてーたす と となえた。

 しかし なにも おこらなかった。



 「……おかしいですね?」


 この手のテンプレ展開だと、まずはこんな感じで自分の能力値を確認して、異常な数値の高さに驚くのがお約束だと思うんですが。一応は空気を読んで驚くフリくらいはしようかと心の準備をしておいたのに、確認すらできないとは幸先が悪い。ああ、さっきのは恥ずかしいので見なかったことにしてください。


 もしかすると能力値の確認には、特殊な技術なり魔法なりが必要なのかもしれません。

 そうだと仮定すると、独力でその方法を探し出すのは望み薄ですし、誰か他の人に頼ったほうが良さそうです。

 個人情報の扱いには何かと五月蝿い昨今、自分自身ですら把握してないような情報を第三者に見られることに抵抗がないわけではありませんが、背に腹はかえられません。


 そもそも、現在私がいる草原には他に人っ子一人おらず、この世界に私以外の人間がいるかどうかも未だ定かではありません。まだこの場に来てから二分ほどしか経っていませんが、一応は最悪の事態も想定しておきましょう。


 体育の授業中にこの場所に突然来たので荷物らしい荷物もなく、体操着(ブルマではなく短パンです)の上下と靴下と運動シューズだけ。周囲には食べられそうなモノは無く、もしかするとスタート地点でいきなり詰んだかもしれませんね。


 「やれやれ、まあ、それなりにいい人生でした」


 世の中というのは往々にして理不尽なもの。

 人間、死ぬ時はあっさり死ぬものです。

 異世界に飛ばされて野垂れ死ぬという死因は珍しいかもしれませんが、事故に遭ったとでも思ってすっぱり諦めます。

 グッバイ、今生。

 ウェルカム、来世。

 三条先生の次回作にご期待ください。




 ……とでも言うと思いましたか?

 流石に十三歳の身空でそこまで悟ることはできません。まあ、無駄かもしれませんが、諦めるのは出来るだけあがいてからにするとしましょう。


 周囲に人は見当たりませんが、先程目撃した巨大イモムシをはじめ、小動物や昆虫はチラホラいるようです。火を熾す道具や知識はないので最悪の場合はそれらを生食することになりますが、それらを食べて栄養にすれば、野垂れ死にまでの時間を何日か延ばすくらいはできるかもしれません。


 たとえ屈辱に塗れ、泥をすすってでも、どんな手を使っても必ずや日本に帰ってやる……!



 という程の未練はぶっちゃけありませんが、まあ人並み程度には死にたくはないので、無理のない範囲で頑張ろうかと思います。あ、そういえば来週には予約していたゲームの新作が密林から届く予定でしたっけ。一週間以内で帰れるといいんですが。



 そういえば、以前に某巨大中古書店で全巻立ち読みした長期連載グルメ漫画でもイモムシは美味しいと言っていた気がします。あれは確かオーストラリア編でしたか。あの漫画、後半の方だと料理勝負の評価基準が味よりも理念寄りになってしまうのですが、あの時期は割とまだ味に重きを置いていたので面白かった記憶があります。


 どうせやる事が同じならば、必死になるよりも適度に楽しみながらのほうが私の気性には合っています。どうせ異世界にきたのですから、日本にいたのでは食べられないモノを食べたり、珍しい景色を見ることをメインに据えて、あわよくばその過程で帰る方法が見つかったら帰ることにしましょう。


 そうと決まれば、まずは狩りです。

 一見するとグロテスクなイモムシも、食材として見ればなんだか美味しそうに見えてきましたし、まずはアレを狙うとしましょう。


 足元に落ちていた大きめの石を拾い上げ、周囲で呑気に草を食んでいた全長一メートル弱のイモムシへと振り下ろします。私の細腕では大した威力は出なかったようですが、それでも根気強く何度も殴り続けると次第に動きが鈍くなってきたようです。

 イモムシの体液に塗れた石の感触がヌルヌルして気持ち悪いですが、今更あとには引けません。


 殺るか、殺られるか。


 食うか、食われるか。


 善や悪などというのは人間が勝手に生み出した脆弱な価値観。

 善悪などという不純の入る余地のない弱肉強食こそが唯一にして絶対の野生の掟。

 つい数分まで平和な都会でぬくぬくと生きてきた私の中に眠る野生の本能が覚醒していました。これこそが進化の過程で人間が手放した生物の本来あるべき姿なのかもしれません。



 「えぇと、お嬢ちゃん、何してんだ?」


 「がるるるる……はっ、私は何を?」


 完全に野生に還っていた私は、何か凄い物を見たような、ドン引きした男性の声を聞いて正気に戻りました。狩りに夢中になっていて気付きませんでしたが、いつの間にか人が近寄ってきていたようです。


 この世界の文化を知らないので断言はできませんが、声をかけてきた中年男性は、大きな荷物も持っておらず旅装ではない普段着のようです。失礼ながらあまり上等な服ではないので、近くに住む農家か狩人が異変に気付いて様子を見に来た、といったあたりでしょう。意外と人の生存圏が近いのかもしれません。


 まあ、それはひとまず置いておくとして、私は大事なことを尋ねました。


 「このイモムシ、食べられますかね?」


 「え、あ、ああ……でも、生で食うと腹を壊すから火を通さないといかんよ」


 「そうですか、ご親切にありがとうございます」


 危ないところでした。質感が若干エビっぽかったので、忠告を受けていなかったら生でガブリといくところでしたよ。


 「ああ、それからもう一つ。どこか近くに火を熾せる場所はありませんか?」


 「……じゃあ、村まで来るかい? うちの台所貸してやっから」


 「おや、催促したみたいで悪いですね。それでは遠慮なくお借りします」


 世の中捨てたものではありません。

 捨てる神あれば、拾う神あり。いやはや、おひとよ……否、親切な人もいるものです。このおじさん、見る限りでは押しに弱そうな印象ですし、この調子で頼み込めば、当面の住処と着替えくらいは都合してくれるかもしれません。


 私に返せる物といえば感謝の気持ちと虫の体液でドロドロになった体操服くらいのものですが、風の噂では女子中学生の体操服というのは闇だか裏だかの市場ではそれなりの高値が付くと聞きますし、おじさんが希望するなら進呈するのもやぶさかではありません。

 それに、体液の感触が気持ち悪くて早く着替えたかったので一石二鳥です。こういうのをwin-winの関係と呼ぶのしょうね。


 そう思ったのですが、おじさんの家へと向かう途中で先述のお礼の提案をしたら物凄くイヤそうな顔をされました。どこに不満があったのでしょうか。不思議ですね?

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