異世界の入口は体育倉庫でした
私の名前は三条理子。
都内の中学校に通う、ごく普通の十三歳です。
得意科目は美術と家庭科で、反対に体育は苦手。
趣味はゲームと読書という典型的なインドア派です。
その日、私は朝一番からずっと憂鬱な気分でした。
一時間目から苦手な体育で、しかも私の苦手な長距離走をやると前もって知らされていたのです。何が悲しくて朝っぱらから苦しい思いをしないといけないのでしょう。同じように思っている子は少なくありません。
というか一部の運動部の子以外はみんな同じようにウンザリした表情を浮かべています。バスケ部のカナちゃんやテニス部のサキちゃんなんかは数少ない例外で張り切っているようですが、自分から進んで苦しいことをしたがるなんて、彼女たちはもしかしてマゾなのでしょうか?
中一にして特殊な趣味に覚醒しているとはなかなか将来有望な人材です。是非とも私と関係ないところでの活躍を期待したいですね。
いっそのこと、民主的に多数決を取ったり、署名活動で同志を募ったりして、体育の授業の廃止を文部科学省に直訴すべきでしょうか。今からでも遅くはありません。そう、現代日本の社会に蔓延する停滞感を打ち破る為にもいまこそ革命の狼煙を上げるべきなのです。
革命、革命を!
この腐った社会を物理的、精神的に破壊することによって、今こそ新世界の扉を開ける時。
「三条、妄想はその辺にして、倉庫からストップウォッチを取ってきてくれ」
「はい、先生」
おっと、思考の方向性が反社会的な方向へと向かう過程でトリップしていたようです。体育の先生(二十九歳、独身、最近彼氏に振られた)に注意されてしまいました。まあ、革命なんてする度胸も意思の強さも私にはありません。ズル休みも考えないではありませんでしたが、内申に響いても困ります。今回は観念してビリ争いをするのが吉でしょう。
そんな事を考えながら、ストップウォッチを探しに体育倉庫の前までやってきました。
関係ありませんが、ストップウォッチを体内時計の感覚を頼りに十秒ジャストで止めるっていう遊びにはちょっと自信がありますよ。小学校の頃にわざわざお年玉でマイウォッチを買って、一日十時間の修練を一週間も続けた経歴を持つ私に勝てる人はそうはいないでしょう。まあ、飽きたあとで、なんであんな無駄な時間とお金を浪費したのかと物凄く後悔しましたが。
おや、いけません、また思考が明後日の方向に飛んでいたようです。早く戻らないと絶賛婚活中の先生に叱られてしまいます。
ですが、結論から言うと私が頼まれたストップウォッチを届けることはありませんでした。
体育倉庫の扉を開ける前に念の為ノックをして中に誰もいないのを確認し(授業をサボったカップルが中でよろしくやっていたら気まずいので)、倉庫の中に足を踏み入れると、周囲には一面の草原が広がっていたのです。
「おや?」
幻覚かとも思いましたが、記憶にある限りでは違法性のあるハーブやおクスリを使用した覚えはありません。夢にしては妙にリアリティがありますし、周囲を注意深く観察すると明らかに地球上には生息していないであろう巨大サイズの芋虫が草を食んでいました。
「ほほう、さては噂に聞くアレですね」
こちとら歩けるようになる前からアニメやゲームにどっぷり浸かってきた現代っ子。その適応力をナメてもらっては困ります。
恐らくは、何の変哲もない学生が異世界にトリップするという、独創性に欠けるよくあるアレでしょう。一応は幻覚か夢の可能性も残しておきますが、十中八九間違いないかと思います。
お手軽に手に入れたチート能力を活かして無双したり、イケメンや美少女を次々とモノにしていったりという、現代人の鬱屈した精神性を反映したかのような展開は私も嫌いではありません。実感はありませんが、私にも何かすごい能力が備わっていたりするのでしょうか?
まあなんにせよ、少なくとも今日の授業はもうボイコットせざるを得ないようです。長距離走をせずに済んだのは良いとしても、このまま帰れずに行方不明扱いになってしまうのも困ります。中学で留年というのは流石に外聞が悪いですし、一応は帰る手段を探すことにしましょうか。
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