異世界の魔法使いは脳筋しかいませんでした
悠戯
プロローグ
「魔法使い」と聞いて、皆さんはどういう姿を想像しますか?
たとえば、トンガリ帽子とローブを身にまとった魔女。
たとえば、悠久の時を生き、世界の真理へと到達した大賢者。
たとえば、灼熱の業火で敵軍を焼き払う人間兵器。
たとえば、年若く可愛らしい魔法少女。
どれも素晴らしく、文句の付けようのない「魔法使い」像です。
そう、私もてっきりそんな風になれるのだと思っていたのです。今から思えば若気の至りというか、安易に人生の一大事を決めるなと過去の自分にお説教をしたい気分ですね。
おっと、いけません。
人生に悲観して現実逃避するのにも慣れたものですが、今は戦闘中なのです。頼りになり過ぎる仲間たちのおかげで現状は優勢ですが、一応は命を賭けた戦いの最中。最悪の場合は私も魔法を使って戦わないといけません。……気は進みませんが。
「
(この世界基準では)頭脳派で、近隣諸国にもその名を轟かせる魔法使いでもあるロビンさんの一本指貫き手が、気合の一声と共に大鬼(オーガ)のノドへと突き刺さりました。普段は細身のロビンさんの肉体は筋力強化の魔法によって全身の筋肉がはちきれんばかりに肥大し、常人をはるかに超える体格の大鬼にも見劣りしません。
「ぬぅん……覇ァッッ!」
ロビンさんに負けじと、ジャックさんが渾身の中段回し蹴りを放ちました。ジャックさんは御年八十歳のご老体ですが、その肉体は長年磨き抜かれた筋力強化の魔法のお陰で全盛期の力を取り戻しています。斧のような回し蹴りを受けた狼の魔物たちは、抵抗することもできずに遥か彼方へと吹き飛んでいきました。
「リコちゃん後ろに敵が! セイッッ! 大丈夫でしたか?」
おっと、いつの間にか私の背後に蛇の魔物が忍び寄っていたようです。
ですが、ミアちゃんが頭の部分を握り締めて攻撃を止めてくれたおかげで私には傷ひとつありません。いつものミアちゃんはおっとりした性格の儚げな少女で、私よりも華奢なくらいにか細い身体なのですが、今は筋力強化の魔法で全身の体積が大幅に膨れ上がり、なんというか……アマゾネス? みたいな感じになっています。あ、いま「ゴキリ」という小気味良い音が蛇の頭部から鳴りました。どうやら超強化された握力で頭蓋骨を握りつぶしたようです。
そう、お分かりでしょうか?
この世界の魔法使いというのは、強化した筋肉をもって敵と戦う存在。
私の仲間の皆さんだけが特殊な事例だったならまだ良かったのですが、残念ながら他の魔法使いも皆が皆、こんな具合なのです。
そもそも、この世界には魔法があるとはいっても、それは『筋力強化(マスール)』という魔法とその派生系しかないのです。ちょっと少なすぎると思います。誰に文句を言えばいいんでしょう。神様ですかね。相談窓口はどこですか?
この有様ではとても「剣と魔法のファンタジー」は名乗れません。誇大広告にも限度というものがあります。
「む、敵の増援が」
「ふはは、血が滾るわ!」
「わたしはもう魔力が……リコちゃん、援護をお願いします」
イヤな予感が的中しました。
敵の数は増える一方だというのに、こちらの面々は魔力の残りが少ないようです。いくら彼らが一騎当千の兵だといっても、多勢に無勢。このままでは押し込まれてしまうでしょう。
流石に命と一時の恥なら命を取るしかありません。私はイヤイヤながら、憂鬱な気持ちをどうにか封殺して魔法を唱えました。
「『
人並みはずれた魔力に物を言わせた『全体筋力強化』の効果は覿面でした。萎み始めた仲間たちの筋肉が先程以上の張りを取り戻し、押されかけた戦線が一気に優勢に傾きます。豪雨の如くに繰り出される彼らの拳や蹴りの威力は凄まじく、弱い魔物なら拳圧だけで吹き飛んでしまいそうです。
……それだけなら良かったんですが。
さきほど私が使った魔法は『全体筋力強化』。この場の仲間全員の筋力を大幅にアップしてしまうというアバウトな効果を発揮する魔法です。
私の上腕二頭筋が、大腿四頭筋が、大胸筋が、後背筋が、その他諸々の筋肉がみるみるうちに盛り上がり、ブカブカだったローブがピチピチのサイズになりました。この魔法は筋肉だけではなく、皮膚や神経や血管、内臓や骨格までもを増強した筋力を十全に振るえるように強化する性質があるらしく、元々は一四一センチの身長が今や二メートル近くにまで伸びています。
今の私の姿は、たとえ日本にいる家族が見ても決して私だとは分からないでしょう。そう考えると、なんだか悲しくなってきました。衝動的にパケ買いしたゲームがクソゲーだった時くらい悲しいです。しくしくしく。
ああ、なんでこんな事になってしまったんでしたっけ?
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