「基準」という概念

「その、伝説の3Dプリンターとやらは、一体、どのような物なのだ?」

 私は聞いた。


「開発者のモーゼス老に説明していただきます」とイケメン勇者。


 モーゼス老は、勇者の右脇をすり抜けるように、3歩程前に出ると、右手を腹、左手を背中に回して頭を下げた。相手への敬意を示す我が国独特の所作だ。数瞬後、頭を上げると彼は語り始めた。

「ご機嫌うるわしゅうございます。私が、モーゼスと申す者です。3Dプリンターは、どんな物でも、例えば武器や防具も作れる、『魔法の箱』とでも言うべき存在でございます」


「ほう! どんな武器や防具でもか?」

「はい。作りたい武器防具のオリジナルと、材料の粉さえあれば、ですが」


「粉か。塩でできるか?」

「武器防具自体は作れるでしょう。しかし、おそらく雨で溶けてしまうと思われます」


「そうだった。溶融性があるんだったな」


 塩じゃ無理だよな。わかるわかる。


「ご明察、恐れ入ります」

 モーゼス老はそう言って、勇者一行の数メートル背後に置かれた、人の背丈を超える程大きな、箱状の機械に視線を転じた。


 ……そうそう。さっきからそれが気になってたんだよ。


「それが、3Dプリンターなのだな? ちょっと、使ってみてくれるか?」

「仰せのままに」

 モーゼス老は、3Dプリンターの右下あたりの突起を押し込んだ。プリンター中央部外周に、ぼんやりと青白い光が灯った。

 それを目視で確認したモーゼス老は、謁見の間の端に控えていた我が国兵士の剣を借り受けると、私に向かって説明を続けた。


「こちらに、王城で用いられている、通常の剣がございます」


 知ってます。私が与えたやつだからな。


「剣を、このミスリル製3Dプリンターの中に入れ、横開き蓋を閉じます。すると、読取魔法の力により剣の形状情報がプリンターに取り込まれます。剣をプリンターから取り出した後、プリンター左下のパネルに設置されたプリントボタンを押下すると、先程挿入したのと同じ形状の剣の製造が始まります」

 モーゼス老が、長々しゃべりながら、プリントボタンなるものを押すと、プリンターは、ぐいーがちゃんと音を立てて何やら動き始めた。


「わかりやすいように、横開き蓋と、そのさらに外側の安全確保カバーとを少し開いた状態でご覧に入れます。プリンター上部中央に設けられた移動式噴出ノズルから粉が落下します。時間と共に粉がプリンター下部の略円形テーブルの―(中略)―、プリンター側部の結着魔法ユニットから生じる赤い魔法光により粉同士が結着し、オリジナルの剣に従った形状となって固まります」


「ふむふむ」

「結着が完全に終了するまで、粉の材質や剣の大きさにもよりますが、30分から1時間程度かかります」


「物によるのだな」

「完成した剣がこちらです」


「すごいな。3分でできた」

「いいえ、これは説明用に、もう1本お借りしていたのです」


「何だよ、びっくりした」

「申し訳ございません。この後、着色魔法処理など、別工程がございますが、時間の関係上、説明は省きました」


「なるほど、大体わかった。ただ、使われている『魔法』というのが気になってしょうがないのだが、どういう物なのだ?」

「それはお教えする訳には参りません。魔法秘密に属します」


 ……魔法秘密? また怪しい単語が出てきたぞ?


「そ、そうなのか。まあ良い。あらましはわかった。つまり、この3Dプリンターを使えば、魔物と戦うための、強力な武器防具が作成できる、ということで良いな?」

「作れますが、強度は使う粉次第です」


「では、強い武器防具が作れる強い粉があれば、良いということだな?」

「その通りです。しかし、この世界で最も固いと言われる、ミスリルの粉を入手することはできません。ミスリルを粉状にするには、それよりも固い素材で作られたミキサーが必要だからです」


「魔法で何とかならんのか?」

「そんな都合の良い魔法などありません」


 だったら、「結着魔法」ってのは何なんだよマジで。開示しろよ。


 しょうがないので、その次に強いと言われている「はがね」の粉を用いて、はがねの武器防具を作成し、炎の魔法で武器強化することになった。


 ……炎の魔法はあるのか。できるできないの基準が、いまいちよくわからないぞ。

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