「法律」という概念

 

 ……きたよ。報酬の話をあまり前面に出すと、「勇者」というより「傭兵」になってしまう。傭兵は待遇にうるさいからな。ギルドも大きいし。


「褒美はしっかり取らせるぞ。そろそろ出発しないか?」

 私は青年に目配せをして、謁見の間の出入口の方に、チラチラと目をやった。しかし青年はそ知らぬふりだ。

「やはり、最初に色々と情報を整理して、目的や前提条件を明確にしておかないと。行動が非効率的になりますし。また、トラブルにもなりかねませんし」


 ……トラブルはもう起きてるんだよ。魔物的なやつが。


 まあ、魔物がワンサカ、勇者がチラホラでは、パワーバランス的に困るし、状況は売り手市場だ。


「どんな場合でも支払われる一定の報酬がある。その他、活躍に応じて歩合制となる」

「歩合とは、具体的にはどの程度なのですか? レートを教えてください」

「あーもう! おい、経理担当官!」


 助けを求めるように私が大声で呼ぶと、謁見の間の、王座に向かって右側方にある扉から、経理担当官がやってきた。美人というより、可愛い部類に入る、肩ぐらいまである黒髪の女性だ。彼女は、やや高めの声が少し鼻にかかっていて、そこがまた愛嬌の一つとなっている。先日、城の床石につまずきそうになった時に彼女が発した「んがっ!?」が、個人的には非常に好みであることは、国家機密だ。


 彼女は、勇者採用規定が書かれた巻物を私に差し出した。受け取る時、経理担当官の手がかすかに私の手に触れてどきりとしたが、平静を装った。王がこんなことでドギマギしていてはいけない。白手袋をはめていなくて良かった。


 同様に、第2、第3の巻物も彼女から受け取った。3つで1セットだ。


「これだ」

 そう言って、私は青年に、今受け取ったばかりの3つの巻物を差し出した。


「拝見します。……これ、第5条第6項が気になりますね」


 ん?


「第5条第6項には、以下のように記載されております」


第5条 報酬

6 乙が討伐中に所在不明となり6月以上が経過した場合、甲は乙に対し、第二項に規定の基本報酬および前項に規定の歩合報酬を打ち切ることができる


「厳しくないですか?」と、青年は聞いてきた。


 ……ちゃんと巻物全体に目を通すのな、こいつ。


「その条件がないと、わざと行方をくらましたり、遅延行為をしたりする勇者が出る可能性もあるからな。定期的にこの王城に戻り、勇者の更新登録を行うのだぞ」

「勇者に資格はいらないと、先刻おっしゃっておられましたが?」


「なるための条件と、維持するための条件は、必ずしもイコールではないのだ! そして、国には財政というものもある。ちゃんと功績を立てた勇者には、大きく報酬を出す。そうやってバランスを取っているのだ」

「わかりました。確かに、巻物2に記載の表によると、歩合報酬の率は良いですね。1日あたり5ユニット程度エリミネートすればペイするように、損益分岐点がフィックスされていますし」


 意識高い系かよこの勇者。報酬貯めて隣村の集落でも買収するんじゃないか?


 青年勇者は、次の質問を私にぶつけた。

「ちなみに、退治せずに魔物と共存する方法がもしあれば、そもそも戦わなくて済み、ずっと効率的ですが、その筋の検討は終了しているのですか?」


「現在、産学各方面の有識者に調査させている。王直轄の複数の委員会でな。結論が出るまでしばらくかかるから、それと並行して、魔物の退治をお願いしたい」

「短期的対応と中期的対応は違いますもんね」

「御託はいいからそろそろ出発するのだ。この世で一番大事なのは行動だ。理屈ではない」


 そうツッコミを入れて、巻物2に規定されている金額の初期報酬と、一律支給の武器防具とを青年に手渡した。当該装備品を青年が受け取った時点で、新たな勇者が誕生したとみなされる。誕生前に「勇者」と呼んでしまったのは正確にはフライングだが、まあ気にしなくて良いだろう。


 さあ! 勇者よ! 旅立つが良い!

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