トガリニセフウセンタケ(Cortinarius galeroides)

 「風船」と聞くとみなさんはどんな姿を思い浮かべるだろうか。ぼくは風船と聞くと、糸に繋がれて宙にフワフワと浮かぶ風船がまずいちばんに頭に思い浮かぶ。中にヘリウムガスが入っている例のアレである。あれが子ども心には何とも魅力的で、喉から手が七本出てくるくらい欲しくて欲しくて仕方がなかった幼き日々を思い出す。


 いまでも時々、何かのイベント会場などでフワフワと宙に浮く糸の付いた風船を配っている光景を目にすることがある。もちろんその風船をもらえるのは子どもたちだけで、大人はもらえないのだろうとは思うのだが、あの頃の記憶が蘇り、「わ〜い!」と声を上げながら風船をもらいに走り寄ってしまいそうな衝動に駆られるが、はたと我に返る。そしてそれと同時に、子どもの頃の悲しい思い出も蘇ってくる。祭の夜店などで買ってもらったヘリウム入りの風船は、一夜明けて次の日になるとすっかり萎んでしまっていて、部屋の片隅に転がっているのだ。それはなんだか、昨日まで空を飛んでいた小さな生き物の死体のようで、その光景がなんだか無性に悲しかったことを今でもよく覚えている。またある時には、買ってもらった風船の糸を何かの拍子に手放してしまい、風船が空高く消えていったこともあった。泣いても叫んでも、手から離れた風船がぼくのもとに戻ってくることはなかった。その時にもやはり無性に悲しかったのである。


 そんな日々からずいぶん時間がたった今、「風船」という名を持つきのこと出会うことになる。(先に言ってしまうと「ニセフウセン」だけれど)


 というわけで、今回は「トガリニセフウセンタケ」の話である。


 フウセンタケ科フウセンタケ属のきのこで、学名を「Cortinarius galeroides」、漢字で書くと「尖偽風船茸」である。傘の径は1cmから2.5cmほどで、円錐形から平らに開く傘の中央部が突出している。表面は土色から黄土色をしており、湿っている時には条線をあらわす。柄は2.5cmから4cmほどで中は中空、表面は絹状または繊維状をしている。とてもとても小さな部類のきのこである。


 フウセンタケ全般の学名に用いられている「Cortinarius」とはラテン語の「Cortina」が語源だとされている。意味は「クモの網の膜」。フウセンタケの傘の柄にクモの巣状の膜が付着していることからそう呼ばれるようになったのであろうか。また語源の一説には、ギリシャ語の「Cortina」だともいわれている。こちら意味は「アポロ神殿の三足の鼎」のことだそうだが、詳細は不明である。


 食毒は不明であるが、この小さき体ゆえに、腹の足しにするには軽く1000本は必要であろう。和名である「フウセンタケ」の由来は、根本が風船のように膨らんでいるからだとか、横から見ると気球のようなシルエットをしているからだとか言われているようだが、いまいち釈然としないのはぼくだけではないであろう。そのような容姿を持つきのこは他にいくらでもありそうなものである。


 もしこのきのこが、成菌になると土から飛び出して風船のごとく空に舞い上がってゆくとか、このきのこを食べると腹に異常にガスがたまってしまい腹が風船のようになるだとか、あるいはこのきのこは表面がゴムのような弾力性を持っていて、かつ中身が中空になっているため柄の下に口を当てて空気を吹き込むと風船のように膨らむだとか、そういう由来からの「風船茸」なのであれば、


「なあんだ、そういうことか!!」と文句なく合点がゆくのである。


 であるからして、この個体に限らず、すべてのフウセンタケが「ニセ」ではなかろうかと個人的には思ってしまう、風船たらしめるものがないのだから。まあそんなこんなで理不尽な苦情も吐き出しつつ、そろそろお開きとさせていただこう。


 そうだ、こんどフウセンタケの類を見つけたら、ヘリウム入りの風船を入手して、その風船に垂れ下がる糸にフウセンタケを括りつけて空に飛ばしてみようではないか。その時にはフウセンタケも、風船冥利に尽きるだろうなあ、きっと。


 あっ、こいつはそもそもニセなんだった。

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