キクバナイグチ(Boletellus floriformis)

 あまりまじまじと見ることは少ないのだが、日本の硬貨にはいろいろな植物がデザインとして組み込まれている。五百円硬貨には「桐」と「竹」と「橘」、百円硬貨には「桜」、十円硬貨には「常盤木」、一円硬貨には「若木」、五円硬貨には「稲穂」と「双葉」、そして五十円硬貨には「菊」が描かれている。そしてなぜか五円硬貨だけはアラビア数字の額面表記ではなく、漢数字のみで金額が記されている。そこには何かしら意味があるのかもしれないが、普段何気なく使っている硬貨を改めてみてみると興味深いものがある。


 そんなデザイン化された植物の中で一番どれが好きかと言われると、なんとなく五十円硬貨の「菊」が個人的には好みである。五十円硬貨の穴の周囲を踊っているかのようなその姿がなんとも愛らしいというか、妖精的である。時にその表面が傷だらけになった硬貨に及べば、傷ついた菊の花の造形に躍動感が生まれ、穴の周囲を高速回転しているかのように目に映る物もある。


 というわけで、今回は「キクバナイグチ」の話である。


 オニイグチ科キクバナイグチ属のきのこで、学名を「Boletellus floriformis」、漢字で書くと「菊花猪口」である。傘の表面を濃いワイン色の鱗片におおわれた容姿が菊の花のようだったことから「菊花」の文字を和名に持つと言われる、優雅かつ迫力も兼ね備えたなかなか素敵な立ち姿のきのこである。このきのこには食毒はなく、食べることも可能だと言われているのだが、試食を躊躇してる数日の間にみるみる老菌となりはてて枯れてしまった。


 硬貨の話に戻るのだが、今後日本で硬貨のリニューアルがなされることがあるなら、その際には、いずれかの硬貨に、こういった特徴的な造形を持つきのこのデザインを組み込んでいただきたいと切に願うこの頃である。新たに硬貨の種類を増やしてでも、きのこはデザインに組み込むべきであろう。戦車や戦闘機といった殺戮兵器にお金を投入するくらいなら、遊び心のあるデザインで硬貨の種類を増やすほうがよっぽど平和的であると思ったりする。


 ちなみにきのこの図柄をデザインに組み込んだ硬貨が、かつてラトビアでは発行されていたそうである。ラトビアの「1ラッツ」硬貨にはなんとヤマドリタケの精巧な図柄が描かれたものがあったらしい。しかし2014年1月1日より、ラトビアでもEU統一通貨のユーロを導入することとあいなり、ラッツは2013年12月31日限りで通貨としての役割を終えてしまった。なんと残念なことであろう。


 日本は独自の「円」のままなのだから、二円硬貨から九円硬貨までを、あるいは札をなくしてすべて硬貨で製造して、すべてにきのこをあしらったらいいのになあ。

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