カラカサタケ(Macrolepiota procera)
「カラカサ」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか?「唐傘(カラカサ)」というのはいわゆる和傘のことであり、欽明天皇の時代に中国から百済を経由して伝わってきた輸入物の傘を当時から唐傘と呼んでいたそうであるが、唐傘の語源の由来としては、後に日本独自の改良が加えられたその傘のことを「唐繰傘」と呼び、それを略したものが唐傘だとも言われている。しかし現在、一般的な日本人が日常的に使う傘はその多くが洋傘のタイプであろうかと思う。もちろん人によっては和傘を使っている小粋な人も見かけることはあるが、最も見かける傘のタイプは悲しいかな、安価でどこにでも手に入る使い捨ての貧素なビニール傘のそれである。
誰しも出かける際に、母上や奥方から、「あんた、きょうは雨降りそうだから傘持って行きなさいよ!」と言われた経験があると思う。傘は思いの外日常に多く姿をあらわすアイテムなのだ。しかし、カラカサと聞くとおそらくは誰しもが傘とはかけ離れたイメージを想起するするのではなかろうか。ぼくはカラカサと聞くと、実用的な傘ではなくお化けの傘を思い浮かべてしまう。
というわけで、今回は「カラカサタケ」の話である。
ハラタケ科カラカサタケ属のきのこで、学名を「Macrolepiota procera」、漢字で書くと「唐傘茸」である。傘はだいたい8cmから、大きいものだと20cmほどにもなり、淡い灰褐色の表面に灰褐色の鱗片を散らす。柄は15cmから30cmほどで、表面には灰褐色の少鱗片がだんだら模様に付着しており、基部は球根状に膨らんでいる。今回見つけた個体は傘を一部何者かにかじられてしまっており、完全な状態では観察できなかったが、それがまさに自然であるゆえ、昨今はそういうことも含めてきのこを楽しめるようになってきた。完全な傘を持つ個体の観察は、また次の出会いに期待することとする。
このカラカサタケは傘に弾性があり、手で握ってパッと離すと傘が元の形状に戻るという性質を持っている。そのため別名を「ニギリタケ」ともいう。そしてさらには、ツバが厚く柄から分離していて可動的になっている。おそらく和名の由来は、まさにその和傘のような挙動から来ているのであろう。
夕暮れ時の藪の奥からなにやら視線めいたものを感じて振り返ると、このカラカサタケが薄暗闇にストンと立ってこちらを見ていた。枯れ落ちた木の葉の上に片足で立ち、折り重なった細い木々の奥に影を宿すその姿は、じつに古くから民間で親しまれた妖怪の「カラカサ」のようであり、背筋がゾクッとしながらも懐かしい美しさかつ滑稽さを帯びていたのである。贅沢を言えば、これでしとしと雨でも降っていればもう言うことはなかったであろう。このシチュエーションにカラカサタケだからこその、何やら薄寂れた情景が日本的でありまことに美しい。これが透明の「ビニールカサタケ」なんてものになってしまうと、雑木林に不法に打ち捨てられた単なる不燃ゴミとなってしまい、まったく絵にはならないであろう。
きのこの和名から、いま日本人がきちんと見据えなければならないものがぼんやりと見えてきた秋の日の夕暮れであった。まあそんなわけで、今後は雨の予感がする日には、カラカサへの想いも忘れずに携帯せねばなるまい。
「あんた、きょうは夕方から雨らしいから、カラカサが出るわよ!」
お化けもだけれど、きのこもね。
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