第16話 雀荘メンバーの備忘録③


 ■3、麻雀店経営の闇


 雀荘には闇がある。それも深い深い闇がある。その闇ゆえに、僕は雀荘勤務を辞める決意をしたのであるが、あまり意味深にもったいぶってもしかたないので、あっけらかんとした論調でまとめていきたいと思う。


 雀荘の営業形態はふたつあると前章で述べたが、そのうちひとつはセットで、もうひとつはフリーというものだ。セットは仲間内で麻雀を楽しみたい人たちに卓と牌を貸し出すサービスのこと。

 そしてフリーは、それらに加えて麻雀を打つ面子も提供するサービスだ。

 そのために提供される人間は、当然、店の従業員であり、いわゆるメンバーと呼ばれる人種だ。

 例えば、フリーを楽しみたいお客様がふたり来店したとして、しかしそのままでは麻雀を打てない。ここで同じ卓を囲む人間として、メンバーが颯爽と登場する訳だ。

 それでは仲良く麻雀を楽しみましょう。優敗劣勝、勝っても負けても恨みっこなしよ、なんてそんなふうにはいかないのが、フリーという営業形態だ。

 多くの雀荘でフリーと言えば、お金を賭けるのが通常だ。お金を賭けないフリーのことを、「ノーレートフリー」というくらいなのだから、それが当たり前と思われているのが現状だ。

 ここで、雀荘の従業員がフリーに加わって客と一緒に麻雀を打ち、Aさんが10000円、Bさんが5000円ほど勝って帰ったとする。そしてメンバーは20000円の負けを喫している(差額の5000円はゲーム代として店側が徴収している)。

 では、その20000円はどこから拠出されたものだろうか。店側の提供するサービスとして、労働の一環として麻雀を打ったのだから、当然店側から――なんて訳ない。

 その従業員の財布から、その20000円は捻出されるのだ。


 これがひとつ目の雀荘の闇である。


 この▲20000円は、多くの場合給料から天引きされる。月間で▲150000円なら、月の給料から150000円が差し引かれ、反対に+60000円ならその分だけ上乗せされる。

 勝てば勝つだけ給料が上乗せされる! 実力本位性でなんと良い職場だ!

 なんてふうに考える奇特な方も、一部にはいらっしゃるかもしれない。が、「闇」とわざわざ僕がたとえるだけあって、そうそううまくはいかないものなのだ。これについては、後々ゆっくりとまとめるとして、今回はこの「メンバーの負け」を、雀荘経営の観点から見てみる。

 ▲20000円がメンバーの給料から天引きされるといっても、実際的にはその20000円はどこから出てくるのかといえば、店のキャッシュからだ。仮にそのメンバーが10000円の給料を得ていたとして、メンバー側からすれば働いて得た賃金がパーになったどころか、10000円の負債を抱えてしまい不幸であることに違いはないが、店側からしてもまた不幸でもある。

 その日一日だけで見た場合、店側は元から払う人件費に加えて、10000円の出費を(しかもキャッシュで!)してしまったのだから。

 もちろん、これはあくまでメンバーの建て替えであり、もう10000円分従業員をタダ働きさせられるとも考えられるが、しかしここで重大なことは、「店のキャッシュは減っている」という事実だ。先述の例でいえば、会計上はフリーの売上が5000円あがっているが、事実、店のキャッシュはAさんとBさんの勝ち分の15000円が失われている。従業員はタダ働きさせられるかもしれないが、10000円分の人件費を節約できているかもしれないが、15000円のキャッシュが失われたという事実は変わらない。


 かてて加えて、雀荘には(特に、地方の雀荘には)「アウト」というシステムがあるといことも追記しておかなければなるまい。


 雀荘について知見のある方は聞いたことがあるかもしれないが、アウトというのは、店側からの「お金の貸し出し」のことだ。例えば、残り2000円しか持っていない客が、清算時に4000円の支払いを示された時、すなわち支払い能力の不能に陥った時に、店側がその客に対して2000円を貸し出すのだ。

 店側もそういう事態にならぬようなるべく気を付けるのだが、ない袖は振れない訳で、勝ったお客に2000円分勘弁してやってください、というのもできない訳で、仕方なく負け分を肩代わりすることになる。※1

 そしてこれが飛躍して、そもそもお金を持たずに麻雀を打ちに来る客さえ存在する始末。いわば初めから店側からお金を借りることを前提で麻雀を打っているのだ。彼の負け分は、いかに肩代わりといっても、実際にキャッシュが出てくるのは店の財布なのだ。

 そんな客、客でもなんでもない、つまみ出せ、という言葉が声高に聞こえてきそうだが、そんな客すらも客として扱わねば卓が立たない雀荘というのも地方には存在するのだ。ああ無常。

 このあたりの詳しい話は、同連載内の「第8話 雀荘のちょっと怖い話:アウト編」に書いてあるので、気になった方は参考にしてほしい。


 そういう訳で、地方雀荘というのはたいてい「キャッシュ不足」に頭を悩ませている。客にアウトを出さなくても、店の従業員が不覚にも20000円ずつ負けてしまった時なんかは、日報には「売上〇〇円」と記されているのに、金庫を開けてみれば千円札すら一枚もない、なんていうことも日常茶飯事だ。

 備忘録②には、雀荘を経営する上でのメリットばかり書いたが、こんなデメリットもある、ということをここに記しておいた。それでもなお雀荘経営に興味のある方は、ぜひとも腕の立つメンバーを集めることをお勧めする。



※1 店舗によっては「預かり」というシステムを採用している店も存在する。3000円分だか5000円分だとかを、リザーブとして店側が管理しておいて、それを支払いに充てた時点で卓から強制排除する、という方式を取っている。そうすることで、アウトを出すことを防いでいるのだ。

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