第13話 僕らはサーカスの出し物
レート2.0の麻雀を打ってきました。四人打ちではなく、当然、三人打ち。
ふだん1.0や0.5でしか麻雀をたしなまない方々にはちょっと想像がつきにくいレートでしょうので、具体的に説明すると、ハコれば少なくとも1万5千は吹き飛び、裏・一発のご祝儀が千円のレートです。すなわち、誰かがリーチを掛けて和了するたびに千円札が乱舞するような麻雀です。
ツいていなければ、10万くらいはアイスクリームのように溶けてしまうようなレート。そんな生活に響きかねないような麻雀を、僕のような貧乏メンバーが打つ羽目になった理由を、お話しようかと思う――
ある日の勤務終了後、店舗のクローズ作業をしていると、眠た目のオーナーがやってきて、モーニングに行こうとお誘いを受けた。僕自身、オーナーと一緒に食事をしたいと思うほど彼のことを好いてはいないが、なにしろお金がないもので、飯をおごってくれるといわれれば、どこへなりともほいほいとついていく。
近くの喫茶店に腰を下ろし、サンドイッチとコーヒーを注文。朝はやはりホットコーヒーに限る。
と、不意にオーナーがすこし言いづらそうに、こんなことを切り出した。
「実はな、Nがいまおるメンバーの中で誰が一番強いか、決めたいって言ってるねん」
「はぁ」
僕としては当然曖昧な返事を返すほかない。そんなもん、勝手に決めてくれ、というものだ。ちなみに、N自身も、僕と同じメンバーであり、いつも僕と同様に貧困に喘いでいる。
「それで、Iも結構乗り気でな」
「はぁ」
だからなんだというのだ。まさかとは思うが、……。
「それで、メンバー同士で最強決定戦をしたいって言いだしてな」
嫌な予感が的中である。なにゆえ給料も出ないのに麻雀を打たねばならんのか。それも、ふだんからツーメン(*1)で同卓している彼らと。
なんのお遊びだこれは。そんなものに時間を使っている暇があるなら、もっと有効利用できるだろうに。が、彼らがどうしてもというのなら、受けてやらんこともない。当然、ノーレート――
「それで、Nが緊張感を持たせるために、レートをツーでやりたい、って言ってるわ」
ツー、という言葉を聞いて僕は気が遠のきかけた。なんだそのレートは。ハーフでさえ、負けがこんで生活苦にひぃひぃ言っている僕に持ち出すようなレートでは決してない。
当然、お断りである。負ければ平然と10万以上失いかねないような馬鹿げたレートを、いまの僕が受けられるはずもない。しかし、機先を制してオーナーが、
「あいつらも相当乗り気みたいやから、なんとか受けたってくれ。半荘1クールで、日程は――」
と、言うもんだから、サンドイッチを口に放り込んだ僕はそれ以上言葉を発することができず、ただただ黙ってうなだれるばかりだった。
そして当日。某月いっぴ午前十一時。みなそれぞれ先月分の給料を握りしめて、三雄相まみえたのだった。
正直、いますぐ逃げ出したい気分だった。彼らに勝ちきれるとは思わないが、負け越すとも思っていないものの、なにかの拍子に二回箱割れを起こしてしまえば、それだけ4万近くの負けとなる。もしそんなことになってしまったら、僕は冷静な頭で麻雀を打てるか、いや、打てる訳がない。
彼らは黙って、席に着席する。そして札束を乱暴にサイドテーブルに置くと、自動卓の電源をオンにする。
こいつらは本気なのか? 正気なのか? もしかして、酒の席で、冗談のつもりで放った言葉がよもや現実になってしまっただけなのではないか?
そう思って、Nの顔を覗き込む。
果たして、その目は、同卓者の金をむしり取ってやるぞという覇気に満ち満ちたものではなく、
側溝のヘドロの寄り集まったみたいな、どす黒い目をしていた。
なにやら様子がおかしい。Iの方も見てみると、決して生気のある目とはいえない。
「なんでお前ら、ツーで打とうとか言いだしたん……?」
Nがぼそりとこぼした。
いったいNは何を言い出したんだ? ツーで打とうと提案したのは、お前の方ではないのか?
「えっ、Nくんが言い出したんじゃないんですか?」
Iも目を白黒させて驚いている。
ふたりの目が一斉に僕に集まるが、首をぶんぶん振って否定する。誰が一体同僚から金をむしり取ろうと画策するものか。
ちょうどその時、少し電話してくると言って席を外していたオーナーが返ってきて、僕たちは、話が違うぞと詰め寄ろうとして、しかし言葉を飲み込んだ。
ひとり、ふたり、……と、本来営業時間外でもあるこの時間帯に、常連たちが入店してくるではないか。あっけにとられる僕らを尻目に、彼らは僕たちとは違う卓に着席し、それぞれ腕組みしいしい、何か考え込んでいる。そして、
「じゃあ俺N」
「ほな俺はIやな」
「えー、俺K(僕のこと)取らなあかんの?」
事ここに至って、僕はすべてを理解した。NとIの方を見やると、彼らも腑に落ちたようにうなずいた。
僕たちは、オーナーにはめられたのである。
さも、他のふたりが2.0で最強決定戦をしたがっているかのように、それぞれひとりずつに話を持ち掛ける。誰もがそんなことは嫌だと思いながら、ほかのふたりがどうしてもというのなら、致し方なし、という風に了承する。すべて、オーナーの計らい通りに事が進んでしまった訳である。
オーナーや常連たちが僕らの名前を呼んでいたのは、僕らを馬に見立てて、競争させようという訳だ。まんまと、僕らは暇つぶしの出し物として、こんなところで有限の時間と金を発散させられる次第となったのだ。
内心腸が煮えくり返りそうな憤怒を握りしめながら、しかし僕は深呼吸を、ひとつ、ふたつ。平静さをなんとか保ったまま、僕は起親プレートを手に取って、サイコロを振った。
ならばとことん踊ってやろう。同僚たちには悪いが、僕は負ける訳にはいかないのだ。
NとIの目にも闘志が灯った(ような気がした)。後ろでははやし立てるような声も聞こえるが、そんなものはもはや関係ない。お前ら覚悟せぃよ!
リーチ一発ツモ赤赤表裏裏で、千円札が合計六枚卓上を舞う。役満放銃でぶっ飛び、卓上に叩きつけられる万券三枚。親のリーチに無筋を叩き切るのが、こんなに恐ろしいことだとは!
1.0を超えるレートからは、お金をお金と思わない方がいいのかもしれない。いかに札を紙屑と思い込めるか。さもないと、三倍満+チップ3枚で根こそぎ点棒を持っていかれてトばされた時の心的ダメージが大きすぎる。
僕のサイドテーブルのおいているのは、ただの紙屑……ただの数字を書いただけの紙だ……そうだ、そうに違いない……。
結果として、僕はなんとか+40kの浮きでその日を生き延びることができた。おそらく、あれほど集中して麻雀に臨むことはそうそうないだろう。そういう意味では得難い経験をできたのかもしれない。
けれど、もう二度と御免被るというものだ!
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