第12話 一日店長!
さて、現在の雀荘も勤続二年を超えた僕に、ある日オーナーがこんな提案をした。
「一日店長、やってみるか」
一日店長、なんとも不穏な響きである。雀荘の店長といえば、額面だけ見れば高給だが、その実、半端ない仕事量と半端ない本走量で、業務の割には実質の手取りは15万未満、みたいなイメージなので、僕は思わずギクリとした。
が、話を聞くに、正確には、店の営業の一部を僕に委任し、給料を歩合制にする、ということらしかった。
ざっくり説明しよう。
当店ではフリー業務とセット業務の二種類があるが、その内、収益率の高いのはフリー業務であることは以前説明した通りだ。そして、一日店長の任を受けることによって、その日一日のフリー稼働半荘数によって、僕の給料が決定せらる、というものなのだ。
要するに、フリーをいっぱい立てれば、その分給料がいっぱいもらえる、という訳だ。ふだんの時給制の給与体系なら、仮にフリー一卓であろうと、三卓であろうと、給料は時間の経過でしか発生しないが、一日店長の場合、なんと三倍である。
一瞬、魅力的な提案だと思った。が、こういうおいしい話には、なにかと罠がある。僕は訝しみながら、オーナーに詳しいことを問いただした。
曰く、給料は、フリーの売り上げの50%。
曰く、労働時間はオープンからクローズまで。
曰く、人手が足りない時は、事前にメンバーの誰かを読んでおくこと。また、彼の給料は僕の給与から差し引かれるとのこと。
なるほど、なるほど。一考するに、どうにも答えが出づらい。
まぁ、せっかくの提案だ、やってみよう。そうしよう。
という訳で、僕という人間が一日店長をする日が、週に一回生まれることとなった。
まずはいつも通り五時に店舗を開け、店内の掃除。それがひと段落ついたところで、ヤニで一服。
さて。
ふだんの僕ならこう考えている。客もいない、誰もいない部屋で、自分ひとり、たばこを吸っているだけで給料が出るなんて、なんて素敵なことなんだ!
が、今日に限っては事情が違う。
僕がソファで寝転んでいる間はまったく無為の時間だ。
となれば、フリーを立てねばならぬ。セットは金にならない。
ピポパと電話をかけて、ひとまず働いている内に仲良くなった客たちに連絡してみる。なにぶん初めてのことだったから、ちょっと緊張していたかもしれない。とにもかくにも、できる限り電話を掛けてみた。
釣果はふたり。僕が本走になって最低限フリーの立つ人数であるが、フリーが立つ以上、結構なことだ。
ところで、ここでフリーが一卓立っている時の時給を計算したいと思う。フリーは時速三千円程度のゲーム代が出るので、だいたい1500円/時。まずまずの時給だ。これが二卓なら3000円/時。三卓なら4500円/時。実においしい。
が、当然、三卓までフリーが伸びると、自分ひとりでは適切な業務に支障が出るので、もうひとり、メンバーを使う必要がある。前述したように、彼の給料は僕持ちになるので、-1000円/時ということになる。
ふと、思った。
あれ、これあんまりおいしくないんじゃないの。
仮に、フリーが一卓、セットが四卓の状態があるとする。この状況で、僕が本走に入っていると、セット業務が滞ってしまうので、どうしてももうひとりメンバーを入れておく必要がある。つまり、フリー一卓しか立っていないのに、メンバーの時給を負担しなければいけなくって、僕の時給は1500-1000=500円/時ということになる。
そして、我が店舗のような場末の雀荘には、こういうことはよくあることで、フリーが三卓も立っていることなんて、逆に稀で、平均1.5卓といったところ。
だから、厳密に期待値を求めるなら、1.5卓×3000円÷2-1000円/時ということになり、1250円の時給が出ているから、時給だけで見ればお得である。
しかし、いくら電話を掛けてもフリーが立たない時もあれば、フリーがバテてセットだけが残り、6時間ぼんやりしている時というのも少なくない。
そう考えれば、もしかして、むしろ給料を割安にされているのではないかしら。そんな疑念が鎌首をもたげてくる。
むろん、もっとたくさんお客さんを呼んで、オープンと同時からほとんどクローズの時刻まで、フリーを二卓回し続けられれば、とんでもない時給になるんだろうが、まあ、駅近ということだけが唯一好立地条件である我が店舗ではかなうべくもない。むべなるかな。
なんだか、ひどくだまされたような気がする。
オーナー側の意見としては、歩合制にしたのだから、もっとモチベーション高く仕事を頑張れということなのだろうが、やはり詐欺にあった気がするのは僕だけだろうか。
現在、セット五卓のフリー0卓。時刻は午前二時。今日も今日とて、僕の給料は出ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます