第8話 雀荘のちょっと怖い話:アウト編
雀荘のちょっと怖い話とタイトルを打ったが、別段、幽霊やらお化けやらのホラー的要素のある話ではなく、これからするお話は、至極現実的な、ちょっとだけ怖い話である。
雀荘では、チップという形に変えて現金をやり取りすると書いたが、例えば、財布に30000円入れていって、40000円負けたとしよう。この時、10000円分足が出る。
この不足分をいかにして補うか。まぁ、ふつうの営業時間内であれば、ちょっとコンビニや銀行まで行ってお金を下ろして来ればいいが、その時間が0時を回っていたり、コンビニATMのサービス外時間だった場合、即座にお金を引き出すことができない。そういう時、どうするのか。
この時、店に頭を下げてお願いして、一時的にお金を借りることできる。むろん、誰でもという訳ではない。お金の貸し借りというのは、どこの世界でも信用問題なのだから、その店主が、「こいつならきちんと返してくれるだろう」と見込んだ相手に限る。
そして、この借りたお金を、あるいは貸したお金のことを、麻雀業界では「アウト」というのだ。大阪の一部では、「トロ」ということもあるそうなのだが、筆者の管見の限りでは、その由来についてはわからない。
ともかく、この「アウト」というのが世にも恐ろしい。
とあるひとりの客の話をしよう。彼は、我が店に結構なアウトがある。まあ、結構な額である。七桁こそ言っていないものの、××万円はゆうにある。なぜこんな額のアウトをつける羽目になってしまったのかは、また別の時にお話しするとして、当雀荘における彼の扱いについて、できるだけ感情を交えずに述べていきたいと思う。
まずは彼のプロフィールについて少し書く。
年齢は僕よりもふたつか、みっつくらい年下で、工場勤務している。メッキだか、そんな関係の仕事だったと思う。朝9時くらいに出勤して、そしてきっちり5時くらいには退社している。
これは、彼が定時ぴったりに帰る人間、という訳ではなく、会社の方が不景気で、定時ぴったりに帰らされるらしい。
そして6時には店に顔を出している。で、7時くらいにフリーのお客が来ると、メンバーを交えて麻雀を打たされるのである。
ここで大事なのは、「打つ」のではなく「打たされる」ということ。もちろん、彼もいやいや打っている、という訳ではけしてないが、暗に強制力のかかっているのはいうまでもない。
さて、ではなぜか、「打たされる」のか。
それは、「アウト」があるから。
これが、「アウト」の恐ろしいところである。
借金があるのだから、麻雀なんか打たせずによそで働かせて、お金を持ってこさせればいーじゃん、と思う方は多いだろうし、僕もそう思う。が、店側に大量にアウトをつけてしまった客は、半ば店側の奴隷となってしまうのである。
「フリーを立てたいんだけど、面子が足りないから今からきて」とかいう電話は日常茶飯事で、ともかく馬車馬のごとく麻雀を打たされる。そして、ゲーム代を搾取される。だから、またアウトが増える。の悪循環を繰り返す。
仮に月に50000円入れていたとしても、毎日毎日10半荘以上麻雀を打たされたとなれば、当然アウトは減らない。1時間(3半荘)で1000円程度のゲーム代を店側に持っていかれるのだから、19時から麻雀を初めて22時に帰ったとしても1日あたり3000円を店に収めていることとなる。これが1月20回となれば、それだけで店側に納めている金額は、60000円となる。アウトが減らないのも訳はない。
仮に、その月は麻雀の調子が、よく、1月あたり30000円勝てば、むろんアウトも30000円減る。が、それが現金として彼の手元にいくことはなく、ただただ帳簿に付けられた赤い数字が減るばかりである。
もはや哀れな奴隷である。が、彼のような奴隷がいなければ、フリーが成立しづらいというのも、地方雀荘の悲しいところでもある。
それから、従業員もまたアウトを抱えることがある。それは、例えばその月の麻雀収支が大きくマイナスに偏り、給料を割ってしまった時とか。週5で12時間働き、300000円近く給料としてあるが、麻雀の負けがそれを越してしまった時、店長に頭を下げてアウトをお願いするのである。要するに、自分の負け分をいったんお店に負担してもらうのだ。
これは雀荘業界ではよくある話で、筆者も何度か経験している。店長の持つアウト帳簿に自分の名前も載せられてしまうのはなんだか悲しいし、なによりつらいのは、来月の給料が、(至極当然の話であるが)そのアウト分差っ引かれてしまうことだ。次の月、なんとか持ちこたえて150000円近く稼いだとしても、「それじゃ、先月分の5万円引いておくから」と言われるのは、もはやもののあわれすら感じる。ああ無情。
……まあ、いずれも大量のアウトを付けるのが悪い、そもそも麻雀で負けるのが悪い、という話に収束してしまうのだが、だからといって、そこに付け込んで奴隷として扱うのはいかがなものかしら、とも思う。
20歳を超えているのだから自己責任、というと、実に筋が通っていて、合理的で、なんのほつれもないような気もするが、あまりに機械的で味気ない。まるでいまの日本の世の中みたいだ。
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