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「よし、みんなしっかりと食ったか!?」


「兄貴ほどじゃないけどね...」


大飯食らいの兄貴はともかくとして、俺も清ちゃんも結構な量を食べた。夏だと言うのに食欲が落ちないのは良いことだ、と兄貴は言っている。


「お清さんとやら、喉、乾かないか?」


腕組みをしながら満面の笑みでこちらに向かって尋ねて来た。これは嫌な予感しかしない...おそらくプロテインの試飲会とかアホなことを言い出すに決まっている。


「実はジムで新しいプ「そういえばさ!」」


危ない、危ない。危機察知能力が発動して良かった。


「ん?どうした?」


「清ちゃんが江戸の町屋ってところから来たらしいんだけど、知ってる?」


「ああ、知ってる。江戸時代、現在の東京の都心部には城下町が広がっていて、そこに町人が暮らしていた話は聞いたことがある」


なるほど、妙な事ばかり知っている男だからたまには役に立つな。


「って事はさ...もしかして時空を超えて現代に来たのかな?」


兄貴は清ちゃんの方へ視線を向けると


「ふ~む、にわかには信じがたい話だが、高校生の時ある話を聞いたことがある」


シリアスな顔をして、今度は俺の方へ視線を向けた。


「世の中には摩訶不思議な話や出来事は多い。自分と同じ顔の人間と出会ったら死ぬだとか呪いのビデオとやらから若い女が出てくるとかな。もし、それがまことの話ならば、合点は行く」


「いや、あのねぇ...」


「だが、俺は目の前の彼女を見て思う。悪い人間ではない」


隣の清ちゃんを見てみると、恥ずかしそうに身を縮めた。


「何にせよ、いつか人は帰るべき場所に帰らなければならない。それまでは我が家を大いに使ってくれて構わん。それで人、1人助けられるのならば 安いものだ」


一体、何の話をしてんだか。江戸の町屋の話は何処へ行ったのさ?


「兄貴の考えは分かったけどさ」


ウソです。全く分かりません。


「しばらくうちで預かるにせよ、清ちゃんって何処にいたのかも分からないらしいんだよ。記憶喪失って訳では無いんだろうけど 」


「そうなのか?お清さん?」


「はい...実は...その...恥ずかしながら、記憶が無いんです」


よく政治家が使う言葉だなって思ったけど言わないでおこう。


「残っているのは冷たい水の感触と家族の無念、私を恐れる人達...」


「そうか、もしかしたら君はこの世に未練を残した為、何かの目的で再びここへやってきたという事なのかもしれんな。だが、安心しろ、この俺がついている。そして裕哉もいる!」


「おい、勝手に変な方向に話を進めんなよ!俺は特別な力なんて持ってねーし、人助けなんて得意でもなんでもねーよ!」


いつもながら勝手すぎる男だよ、彼は。

でも、本当に、もしも本当に幽霊だったとしても...兄貴なら変わらず接するだろう。俺は、どうなんだろう?

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