御祭1

当日、しゅんくんは

珍しく遅刻せずに現れた。


花園神社までの道のりはうろ覚えだったけど、

人波について行けば

すぐに露店が並ぶ通りにたどり着いた。



しゅんくんは早々にビールを買い、

私は大好きなカステラを頬ばる。



人がすごくて歩きにくかったし、

「寒いー死ぬー!」なんて

言い合っていたけど、

何故だか自然と笑みがこぼれた。



神社は、びっくりするくらい

人でごった返していて、

とてもじゃないけど

お参りする気にはならなかった。



景気の良い三三七拍子を

あちこちで聞きながら、

とりあえず熊手を見て回る。


「でか!」とか「いくらするんだろー」とか

言葉を交わすけど、

先へ進むしゅんくんに

ヒールの私は遅れてしまう。




――こういう時、付き合ってたら

何も言わずに手繋げるのに。




消えそうになるしゅんくんの

背中を見つめながら、

私はぼんやりとそんなことを思った。




一通り見て回ったところで、

屋台というか飲めるスペースで

ゆっくりすることにした。



長テーブルに丸椅子やパイプ椅子を

配しただけの場所で、

しゅんくんと並んで座る。



彼はビールで私は…なんだっけ。

とりあえず、モツ煮と

焼き鳥の盛り合わせを頼んだ。



料理が運ばれてくるまで

かなり待ったけど、

他愛ない話をしていれば

イライラすることもない。



「冬子さん、

 誘ってくれてありがとう」



喜ぶしゅんくんの顔が、嬉しかった。

思えば、居酒屋とラブホ以外で

初めてデートらしいことをした

日だったかもしれない。



真夜中の寒空の下、

屋根すらないその場所で食べるモツ煮と焼き鳥は

すごく美味しく感じられた。



「幸せそうに食べるね(笑)」


「美味しいしあったかいし幸せだよー」


「そんな風に食べてくれたら、

 作りがいあると思う」


「しゅんくん、料理できるの?」


「うん、割と好き。

 居酒屋でキッチンだし、ある程度はなんでも」



知らなかった一面も知れて、

この日何度目かの

“来て良かった”という気持ちになる。



「食べちゃって良いよ」という

しゅんくんの言葉に甘え、

まったりご飯とお酒と会話を楽しむ。



去年元カレと来たときの記憶は

すっかり塗り替えられ、

思い出せなくなりそうだ。



「…そろそろ寒くない?」


「私も言おうと思った(笑)」



腰を落ち着かせてから

一時間以上は経っていた。

時間が経つにつれ、冷え込みが

厳しくなった気もする。



まだ帰るには早い…というより、

タクシーで帰れる私はともかく

しゅんくんは移動手段がない。



ホテルという気分でないのは

しゅんくんも同じだったようで、

近くの居酒屋で飲みなおすことになった。

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