第5話 想像上の松岡○造を論破してみる 完


前回までのあらすじ:松岡○造を論破しようと試みた僕だったが、○造の奇襲により、場の空気を支配されようとしていた……。


「そんな事より! 松岡さん」


体勢を立て直そうと思った僕は、自分から攻撃を仕掛けることにする。簡単に主導権ペースを渡してたまるか……!


「今回○造さんをお呼びしたのは、さっきも言いましたけど、○造さんを論破…、論破したいと思ったからなんです」


僕は熱いまなざしを○造さんに向ける。想いを伝えるには、言葉だけでは足りない時もある。すると僕の中の熱き想いを感じ取ってくれたのだろうか、○造は「ほう…」と小さく呟き、何かしらを吟味している表情になった。「そうですか、つまり……」


「つまり、この松岡○造を、全身で感じたいと言う事ですね?」


まるで聞いていなかった。


「いや、そういう訳では…」


○造は右手を僕に向け、反論しようとする僕を制して、再び話し始める。


「それよりですね、今日はこのような場を開いて頂いた青山テールナーさんの為に、面白いモノを見せたいな、と思っているんですよ」

「面白い…、モノですか?」

「そうです」


○造の目に不気味な光が宿る。


「僕は、海外で選手を応援する機会も多いんですよ」

「はい」

「そして、時には現地の外国の応援団と一緒に賑やかさないといけない時もあるんですよ」

「『賑やかさないといけない』って何かすごいですね…」

「それが○造の仕事ですから」

「はぁ……」

「だからですね、今までより『普通』に現地に溶け込めるように、新しい○造を用意してきました」

「え!?」


新しい○造……? その言葉の響きに、僕の体中の血管を、今まで味わった事のない恐怖が駆け巡る。『普通』に現地に溶け込める○造とは一体……。



「こういう松岡○造はどうですか……!?」


○造は再び勢いよく立ち上がると、両腕を「く」の字に曲げ、激しく腰を左右に揺らし始めた。そして、まるで外タレも出演する音楽フェスに、夜中の2時くらいから集団で出没し踊り始める外国人女性のごとく甲高い声を上げ始めた。


「フォーゥ! フォゥーーウウウウウウ!!」


ああ、いる! こういう人めっちゃいる! フェスでDJが出る時間帯にめっちゃいる人みたいになってる!!


「どうですか!? こういう松岡○造はどうなんですか!?」


「どうですか?」も何もなかった。僕の中にあるのは絶望だけだ。


まず僕は、こんな松岡○造を見たくはなかった……。まぁそもそも僕が勝手に頭の中で○造にやらせている訳だから「見たくはなかった……」もクソも何言ってんだ頭おかしいのかという感じだが、それでも欧米人のように「直線的なノリ」で騒ぐ○造を見たくはなかったのだ。


「お米食べろ!」と絶叫して、視聴者を困惑させるのが○造ではなかったのか?

北京オリンピックで昼間に周りの観客の目をモノともせず、奇声を上げながらスタジアムの外周を走り周り、世界に「格の違い」を見せつけたのが松岡○造ではなかったのか?


「こんな普通なの、こんな普通なの松岡○造じゃない……!」


気が付くと、思わず大声を上げていた。○造や、現場スタッフの動きがぴたりと止まる。


「○造さん……、そういう普通のノリで現場に合わせようとする姿勢も大切です。だけど、そこであなたの良い部分は…、ソリッドでシュールな部分は失わないで下さい。何ですか今のは……? ただ騒ぎたいだけの一般人にまで成り下がって…。僕はありのままの○造さんを好きでここまでやって来たんですよ…!?」


僕の心からの叫びに、部屋の中は、まるで宇宙空間のような静寂に包まれている

しまった……、と今更ながらに思う。だけど、落ち込んだあの日、僕を笑わせてくれたのが○造さんだったのだ。自分の道をひた走る事の大切さを教えてくれたのが松岡○造さんだったのだ。こんな○造を、認める訳にはいかない。


「なるほど」


そう呟いた○造は、先ほどまでの顔がウソのように柔和な顔で僕に微笑み掛けてくる。


え…

伝わったのか…?

今まで○造のペースに巻き込まれていたけど

僕の想いが、伝わったのか…?


歓喜が僕を包み、僕は思わずガッツポーズをしていた。「っしゃ!」と短く声を上げる。そんな僕を横目に、○造はソファに座り直し、目の前のテーブルから紅茶のカップを手に取り、一口啜った後で言った。


「この空気にもリセッシュを掛けておきましょうね(笑)」



                        

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