酔っ払い共と闇鍋

@gachamuk

酔っ払いと闇鍋

 街の外れのほうに、古びた洋館がぽつんと立っていた。


 街の住人たちからは「お化け屋敷」とも揶揄されることがあるその洋館は、かつてはこの地域一帯を納めていた富豪の屋敷だったが、主人が発狂し、家族と執事、メイドを皆殺しにした挙句、謎の変死を遂げた曰くつきの洋館で、しばらく買い手がつかず、取り壊されようとしていたところを、ふらりと街にやってきた一人の男が買い取り、シェアハウスとして明日を夢見るクリエイターの卵たちに格安で部屋を開放したのだが、そんな背景は今回の話には関係ない。


 重要なのは、今現在、この洋館に四人の若者が住んでいて、彼らがみな一様に変り者であるということだ。


 そしてその変わり者たちは、梅雨前線が日本全土を包み、しとしとと静かに雨が降りしきる中、洋館の中でも最大の面積を誇るリビングルームにて、缶チューハイ片手に真昼間から宴会を催していた。


「まったく……天気予報の降水確率ほど当てにならないものはないな……。ってこら弟子!! 饅頭はしっかり噛んで食べなさいといつも言ってるだろ!!」


 ぼんやりと外を眺めていたその目の前で、饅頭を奪っていった白い手の持ち主をしかるのはメガネを掛けた青年――通称メガネ。片手には杏露酒と書かれた缶チューハイを持っている。


 その眼鏡の青年に叱られ、けれど悪びれた様子もなく饅頭を口に放り込んで一息に飲みこんだのは、青年と同じようにメガネをかけた女性で多良井という名前だが、青年からは弟子と呼ばれている。


「はん! 饅頭は食いもんじゃないね! 飲みもんだっ!!」


 どん、と効果音が付きそうなほど胸を張る弟子に、メガネは深々とため息をつくその横で、二人の様子を見ながらにやにやと笑いながら梅の缶チューハイ片手に一人の青年がはやし立てる。


「いいぞ~! もっとやるもる~!」


 この青年、実は同人作家で時々新刊の原稿を落してはみんなになじられるが、イベントではほぼ毎回完売させてかなりの稼ぎを出す、ある意味理不尽な男である。ちなみに、一部の初対面の人間からはその筋の人に間違われることもしばしばあるため、ここの住人からは極道と似非を混ぜ合わせたエセ道と呼ばれていたりする。ちなみに語尾がおかしいのは、彼が生み出したキャラに影響を受けているからだ。


 そして最後の一人は、このなかなかにカオスな空間において我関せずを貫き、ひとり漬物をつまみにぐびぐびとレモンのチューハイを飲み続ける男――大学院を卒業し、理系にめっぽう強いことからドクターと呼ばれている。


 メガネ、弟子、エセ道、ドクター。この四人が現在の洋館の住人であり、近所の住人たちからは変わり者として認識されている人物たちである。


 それはともかくとして、四人の飲酒のペースは、つまみに出されている料理のうまさもあってか、なかなかにハイペースで、一番少ない弟子ですら、すでに缶チューハイ(それもイチゴばかり)を六本も空けている。


 一番多いドクターに至っては、その倍が空っぽだ。

当然、それに合わせて料理もどんどん減っていき、気がつけば四人で作り上げた大皿料理も、いまや野菜の切れ端がところどころに残っている程度だった。


 その残りの野菜を箸で掻っ攫って口に放り込みながら、弟子が言う。


「おら、師匠! 食いモンがねぇぞ! 早く作れ!!」


「無茶を言うな! この料理軍で備蓄してた食糧は使い尽くしたしその料理もほとんどがお前が食い尽くしたじゃないか!! ほとんど飲み物みたいに食いやがって!」


「俺も流石に料理も無しに飲み続けるのはきついな……」


 ダース単位で缶を空けたドクターがつぶやき、エセ道は残り僅かな落花生をかじりながら頷く。


「俺も落花生ばかりじゃ飽きてきた……」


 なぜか、しんと静まり返るリビング。


 備蓄していた食糧がそこをついたため、すでに新しい料理に期待はできない。だからといって、ここで宴会をお開きというのも味気ない、と言うのが全員の共通見解だ。

 だから全員が決意した。


「仕方ない、食材を買いだしに行こう……」


 全員がメガネの言葉に頷き、すぐさま出かける準備をした。



 しばらくして、外で雨が降りしきる中、洋館の玄関に集合した四人は早速かい出しに出発しようとして、メガネが待ったを掛けた。


「まず出かける前に、我が不肖の弟子に問いたい……」


「……何ですか、師匠?」


「何でスク水着てるの!? 馬鹿なの!?」


 メガネのツッコミの通り、弟子の恰好は学生が夏場に授業でよく着る紺色のスクール水着だった。


「何でって、外は雨じゃないっすか。ということは傘を差していても濡れてしまう。だったら、最初っから濡れることを前提にした恰好のほうが都合がいいじゃないか!」


 どやぁ、と胸を張る弟子に頭を抱えるメガネ。その横で、ドクターは一理あると頷き、エセ道はどこからか取り出したメモ用紙に何かを書き込んでいた。


「雨の日にスク水で出かける少女……これは使える!!」


 どうやら同人のネタにするらしい。


 外出するのにスク水という格好の弟子と、その理由に納得するドクター、何も言わず猛然とメモをするエセ道は、普段とはかけ離れた言動をするあたり、かなり酔っ払っているらしい。

 

 そしてそれは、強制的に弟子に着替えを命じることなく、諦めたように歩き始めたメガネも同様だった。


 何はともあれ、酔っ払い四人は道行く人々の注目を集めながらも、動じることなく近所のスーパー(メガネが社員として勤めている)に辿り着くと、それぞれが好き勝手に籠に商品を放り込み始めた。


「つまみになって食事にもなる……となると肉系がいいかな……」


「師匠! あたし甘いもん食べたい! 具体的には饅頭!!」


「お、こんなところに上手そうなスープのもとが……! 買おうぜ!」


「ほう……まさかこの店がここまで品揃えがいいとは……」


 好き勝手につぶやきながらも、まだ始めのほうは普通の食材を放り込んでいた。


 しかし、誰かが籠にたわしを放り込んだ瞬間から、彼らの買い物への方向性ががらりと変わった。具体的には、面白おかしいものを集めていく方向へと。


「なんだ、このシュールストレミングス味のガムって……。とりあえず買うか……」


「冷凍ピザ♪ 冷凍餃子♪ Tシャツにぞうり♪」


「うぉおっ!? まさかサボテンを目にするときがくるとは!! これは買うしかないだろ!!」


「ふふっ……メチルアルコールとはいい食材じゃないか……」

※注)彼らは相当酔っています。よい子は真似しないようにしましょう


 そうして途中から変な方向へと変わってしまった買い物を終え、再び洋館に戻った彼らは、買ってきた食材(一部日用品)を全て鍋にブチ込むと、ぐつぐつと煮始めた。

 そうして待つことしばし。


「そろそろできたかな♪」


 期待に胸を膨らませた弟子が鍋のふたを開けた瞬間、なんともいえない異臭がリビングへとなだれ込んできた。


 途端、表現するのも躊躇うようななんともいえない異臭がリビングを満たす。


 が、四人はそんなことは気にしないとばかりに、いそいそと鍋を卓上コンロにセットして、それぞれ愛用の箸を鍋に突っ込んだ。


 ぐちゃり、とおよそ鍋をつつく音とは思えない音が響く中、全員が中身をかき回して一斉に煮立った具材を取り出して、さらによそう。


 ちなみに、それぞれのさらに盛られたのは、メガネがぞうり、弟子がどろどろに溶けたシュールストレミングスガム、エセ道が饅頭にヘアゴムが絡みついたもので、ドクターがメチルアルコールのボトルだった。


 そして四人は、それぞれのさらに盛られた具材(?)に一斉にかじりついた。

※注)彼らは相当酔っています。よい子は真似しないようにしましょう


 彼らがもし素面だったら……。彼らのアルコールがもし、少しでも抜けていたら……。

 あるいは違う結果が待っていたかもしれない。


 しかしそれは「IF」もしもの世界の話。

 現実の彼らは、箸の先のものにかじりついた瞬間、その顔色を一変させる。


 アルコールが回って赤くなっていた顔色が、一瞬で紫へ、ついで土気色へと変化し、その直後、四人は一斉に意識を失ってしまった。




 後日、事件の一部始終を聞いた大家さんから、酔ったときの買い物禁止令が言い渡されたという。

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