第391話乱入

「お前のオヤジが亡くなった時に何の力にもなれなかったんは申し訳ないと思っとぉ。でも、ここまで来たら俺はやっぱりお前と全国を狙いたいんや」

健人は拓哉に断られても食い下がっていた。


「オトンが死んで自暴自棄になったんは俺のせいや。お前らには迷惑を掛けて申し訳ないと思っとぉ。だからお前や栄が謝る筋合いはない。俺が勝手に吹部を辞めたんや。それだけの話や」

と拓哉は取り付く島もなく突き放すように言った。


「お前が吹部を辞めた理由はみんな知っとぉ。だから誰もお前を非難する奴はおらん。吹部の奴らはみんなお前が帰ってくるのを待っとんや」

とそれでも健人は食らいついていった。


「はぁ……待っとるとか待ってないとかの問題やない。けじめや。俺は勝手に吹部を辞めたんや。ほんで、吹部には戻らんと器楽部へ行ったんや。お前が『それは筋が違うやろ』と怒っとったけど、俺は戻る方が筋が違うと思っとぉ」


 二人の会話を聞きながら僕はどうしようか迷っていた。

どちらの言い分もよく分かる。分かるだけに判断が鈍る。でもこのままではどこまで行っても平行線だ。


――このまま聞かなかった事にしてこの場を去ろうか、それともこの場に乱入すべきか?――


で、乱入してどうする? どちらの肩を持つ? 健人か? 拓哉か?

俺はどうしたい?


 考えるまでもなかった。拓哉に後悔をさせたくない。それならば拓哉は吹部に戻るべきだ。でもそれを俺が口にして良い事なのか? 本当に拓哉の本心は戻りたいのか? その自信が無かった。

僕が口を挟むことによって更に拓哉が意固地にはならないか? 色々な考えが頭を駆け巡る。


 しかしこのままでは間違いなく拓哉は吹部には戻らないだろう。それは拓哉にとっても健人にとっても後悔にしかならないと僕には思えた。


「拓哉。吹部に戻れ。俺もお前たちが全国に行くのを見たい」

気が付いたら二人の前に僕は飛び出していた。


 二人が唖然とした表情で僕を見上げていた。


「お前ら声がでかいねん。話がまる聞こえや」

そう言いながら僕は二人の隣のテーブルの椅子に座った。


「という訳で、お前らの話は全部聞いてもうたわ」

と僕が言うと拓哉は気まずそうに眼をそらした。


「なぁ、拓哉。栄と健人と高校に入学した時一緒に吹部に入部したんやろ? その時、一緒に全国めざそって言うとったんちゃうんか?」

と僕は改めて拓哉に声を掛けた。もうこうなったら駆け引きは無しだ。出たとこ勝負だと僕は腹を括った。

拓哉は黙って返事もしなかった。でもこれは本人が一番判っている事だ。


「途中で色んなことがあって、今はこういう事になっとぉけど、元に戻るチャンスとちゃうんか? 終わり良ければ総て良しとちゃうん? それに器楽部の事を気にしとぉみたいやけど、うちは兼部オッケーやぞ。何人が吹部とうちを掛け持ちしとぉと思ってんねん」


拓哉は相変わらず無言だった。色々と考えが頭の中で錯綜しているようにも見えた。


「このまま健人と栄と気まずいまま卒業してええんか? もう三年生やぞ。来年とかないんやぞ」

と拓哉に話しかけながら僕は自分の言葉に後悔し始めていた。


――今、余計な事を言うてるような気がすんなぁ――


 自分には似合わない行為をしているような気がしてならなかった。僕は本来人に説教するような人間ではない。


「余計なお世話かもしれんけど、俺はお前が吹部に戻って全国目指すべきやと思っとる」


「俺には受験があるんや……」

と拓哉がやっと口を開いた。つまらん言い訳だ。


「お前それ今思いついたやろ? 本音ちゃうやろ」


「そんなことはない」


「うんにゃ。お前の嘘はすぐわかる」

と僕は即座に拓哉の言葉を否定した。この程度の嘘は哲也でも判る。バカにするな。


「ええ加減な事言うな。お前に何が分かんねん」

と拓哉は喰ってかかってきた。

その瞬間

「いや、俺にも判んぞ。お前がやせ我慢しとるのは」

と僕の後ろから声がした。


 

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