第390話拓哉と健人

 振り向くと冴子と宏美と美乃梨の三人が立って僕たちと同じように宿泊棟を見上げていた。


――何故、こいつらがここに?!――

冴子たちは僕たちの卓球大会には参加していないはず。


「あんたらの帰りが遅いから見に来たんや。卓球は楽しかったかぁ?」

僕の考えを見透かしたように冴子は言った。


「何故それを……」

冴子は何でも知っている。


「まぁ、ええけど。器楽部にも個人的にコンクールに参加したことがある人は何人かおるけど、吹部と違ってうちらは全員でコンクールないからね。定期演奏会とかとは違った緊張感と達成感は確かにあると思うわ」

さんざん今まで個人的にピアノコンクールに出場していた冴子が言った。僕たちが夕食後に卓球に興じていたことはお咎めはないみたいなので少し安心した。


「それにしてもホンマに……三年ばっかりか……あんたらホンマに仲ええな」

と冴子は僕たちを見て吐き捨てるように言った。お咎めは無かったがあきれ果ててはいるようだった。


 見回すと今この場にいるのは三年生ばかりだった。一緒に器楽部を立ち上げたからなのか、冴子の言う通り三年生は仲が良い。


 ただここに拓哉が居ない事に僕は気が付いていた。

僕は哲也の耳元で

「拓哉はどないした? お前、一緒に練習するって言うてなかったけ?」

と小声で聞いた。


「いや、練習はしとってんけど健人が後でやってきて『拓哉と話があるんや』と言って連れて行ったんや」


「そうなんや……それってなんかやばないか?」

とさっきの食堂での件もあって僕は気になった。


そして部屋に戻ると同室のはずの拓哉は居なかった。


――まだ健人と一緒におるんか?――


食堂の件も気にかかるが、そもそもあの二人は犬猿の仲ではなかったか?


 僕は迷ったが拓哉を探しに行くことにした。

宿泊棟の外に出ると目の前に食堂棟がある。そこのテラスを見上げると、備え付けてあるウッドテーブルを挟んで、拓哉と健人が話し込んでいるのが見えた。


――なんや、こんな近くにおったんか。殴り合いの喧嘩はしてないみたいやな――


 あまりにも簡単に見つかったので、拍子抜けしながら僕はテラスに向かった。

二人には悪いが僕はそっと近づいて、二人の会話に聞き耳を立てた。


 テーブルを挟んで二人は無言だった。話が煮詰まって、これ以上話し合う事はもうないという雰囲気が漂っていた。


「もうええやろ」

と拓哉が席を立とうとした。

「待てや。まだ話は終わってへん」

と健人が拓哉を制した。


「ふぅ。どんなに言われても俺はもう吹部には戻らんからな」

と拓哉はうんざりした様なため息をつきながらそう言って腰を下ろした。

どうやら健人は食堂での拓哉のひとことに根を持って呼び出したのでは無かったようだ。


「ハヤンやシモや器楽部の奴らがヘルプで来てくれたおかげで関西までこれたんや。今回は全国を目指せる最後のチャンスなんや。それはお前にも分かるやろ?」

と健人は拓哉に言った。


「それはさっきから何回も聞いとるし、分かっとぅ」


「だから今なら俺らの夢が叶うチャンスなんや。一緒に全国へ行こうや」

いつもの売り言葉に買い言葉の健人ではなかった。

この二人は元々仲が良かったんだろうか。そんな事を栄が言っていたような気がする。


「今更どの面下げて吹部に戻れるねん。それに何回も言うけど、俺はもう器楽部の人間や。哲也と亮平ともバンド組んでるし、俺だけ勝手な事でけへんわ」

健人が拓哉の翻意を促そうと必死なのは見ていて直ぐに分かった。僕がここに来る前からこの台詞は拓哉に向けて何度も繰り返されたんだろう。


「だからあいつらには俺が土下座してでも許してもらう」

と健人が身を乗り出して言った。


「そんなんせんでもええ。第一、俺が吹部に戻る気が全くないんやから」


「それは嘘や。栄や俺よりもお前が一番全国に行きたがっていたやんか!」


「あん時はそうやったかもしれんけど、今はもうええわ」

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