第389話卓球台

 食事が終わって宿泊棟へ戻ろうと廊下を歩いていると、一緒に歩いていた大二郎が

「健人も栄も本当は拓哉と一緒に全国目指したかったんやろうな」

と話しかけてきた。


 大二郎も吹奏楽部いや栄と健人、その二人と拓哉の因縁みたいなしがらみに関して知っていた。あの昨年の吹奏楽部との合同練習後に起きたこの拓哉と健人のもめごとは、その時両部に在籍していた者なら誰でもが知っている周知の事実だった。


「そうやろうな。拓哉もそれは同じやろ」

と僕が応えると

「はぁ……せやろうなぁ……ホンマにどっちも素直やないんやから」

と大二郎がため息交じりに言った。


――ホンマに不器用な奴らや――


と僕も大二郎の意見には激しく同意できた。

なので思わず

「拓哉も吹部に戻ればええのに……」

と言葉が口から漏れてしまった。


「ホンマになぁ。戻ったところで誰も何も言わんし非難もせえへんのになぁ。お前ちょっと拓哉に言うてみたら?」

と大二郎も同意しながら言った。


「なんて?」

と僕が聞き返すと

「吹部に手伝いに行けって」

と大二郎は事も無げに言った。


「言うたところで『余計な口出しすんな』って言われんのがオチやな」

と僕が応えると

「そっかぁ……そうやな」

と大二郎は諦め顔で頷いた。この件に関しても僕と同じように思っているようだ。


「ところで、お前はまだ練習するんか?」

と大二郎が話題を変えて聞いてきた。気持ちの切り替えが早い奴だ。


「いや、俺はここにきてすぐに卓球台に心を奪われてしまったから無理!」

と僕は首を振った。

拓哉と建人とのしがらみは当人同士の問題だ。外野の僕たちに今更どうすることもできないし、できない事に気をもんでも仕方ない……と僕も気持ちを切り替える事にした。


 ここに来た時に施設の案内を受けて卓球台があることは確認済みだった。

朝から練習漬けの僕たちは、気分転換も必要なはずだ。


「せやろ? 俺も卓球台に呼ばれているような気がする」

不埒な僕たちは食後の運動と称して施設に設置してあった卓球台で一汗流すことにした。


 僕たちが卓球に興じていると同じような不埒な器楽部の三年生連中がやってきた。

考える事はみな同じらしい。


 そこそこ遊んで夜も更ける前に明日の早朝練習も頭によぎり出したので、卓球大会はお開きとなった。

参加していた三年生たちで『最後の戸締り』をしっかりと確認した後、宿泊棟へと引き上げる事にした。


 途中で吹奏楽部が宿泊している宿泊棟の前を通りかかると、楽器の音色が漏れ聞こえて来た。


「まだあいつら練習しとんのや」

と大二郎が感心したように呟いた。


「最後の追い込みやからね」

と琴葉がそのつぶやきを聞き留めて応えた。

「吹部ってそんな部活やったけ?」

と誰かが聞いた。


「そんな部活になったんやろ」

と哲也が宿泊棟を見上げて言った。

吹奏楽部の連中が宿泊している建物は、ほとんどの部屋に明かりが灯っていた。


 そして建物からこぼれて聞こえる管楽器の音色。

ごちゃまぜになって聞こえるこの音の粒が、彼らの必死さを僕たちに伝えていた。


「ここまで来たらそうなるかぁ……」

と大二郎は考え深げに言った。


「なんなん? あんたもああいう環境に身を置きたいん?」

と瑞穂が大二郎をからかうように言うと

「いやいや。そんなつもりはないんやけど、ちょっと羨ましいかなっとは思うな」

と大二郎にしては珍しくシリアスな顔で応えた。


 その言葉を聞いて、僕の頭の中に昨年音楽コンクールの事がよぎった。

もう一度あれを経験する気にはまだ成れないが、器楽部の連中と一緒でならもう一度経験しても良いかとは思えた。

あのコンクールで感じた全ての感情・緊張感を、この器楽部の面子で一緒に出来たら素晴らしいだろうと少し本気で思った。


「そうやね。ちょっと羨ましいかもね」

そんな事を考えていた僕の背後から声がした。

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