夏合宿
第384話夏合宿やります
それは夏休み直前の部活での事だった。
「夏合宿は八月十六日から三泊四日の予定でやります!」
指揮台に立った美奈子先生が唐突にそう言った。
腰に手を当てふんぞり返り気味に、何故かどや顔だった。
音楽室に集まった部員たちは、一瞬キョトンとして聞いていたが一斉に
「おぉ」
と声を上げた。
全体演奏の練習が終わった後、連絡事項の伝達で唐突に美奈子ちゃんは言った。
――そんな事を春先に言っとったな……本気やったんや――
とは思ったものの、今の今まで完全に忘れ果てていた。
「お前、覚えとったぁ?」
と僕はヴァイオリンを手にしたまま隣の席の宏美に聞いた。
「うん。覚えとったよ」
と宏美はあっけらかんと笑って応えた。
「そっかぁ」
「亮ちゃん、忘れとったやろ?」
「うん。完全に忘れとったわ」
と僕はさわやかに笑って誤魔化した。
しかし、疑問である。吹奏楽部じゃあるまいし、何故この部活で合宿する必要がある? 楽しそうではあるけれど。そもそも吹奏楽部でさえ合宿なんかしていないのに。
そんな僕の疑問を見透かしたかのように、美奈子先生は部員を一度見渡してから、今回の合宿の意義を説明し始めた。
「今年はこの器楽部が復活して二年目。昨年はできませんでしたが、春先から宣言していた通り今年から合宿は行いたいと思います。合宿で更に個人的な技術の向上と音楽的認識を深めたいと思います。もう一度言います。日程は八月十六日から四日間。三泊四日の合宿になります。ご家族の方への連絡を忘れないようにお願いします」
そして一呼吸置くと
「今回はダニー先生も同行してくれます。また、この合宿にはみなと神戸交響楽団の方がパートごとに何人か指導で参加してくれるそうです」
と予想にもしなかった事を発表した。
どうやら本気で『技術の向上と音楽的認識を深める』つもりらしい。
「おお!!」
教室は再び歓声が響いた。
「プロに指導してもらえるんかぁ?」
「やったぁ」
と部員たちも驚きと喜びにあふれた歓声を上げていた。明らかに最初の歓声より大きい。
コンクールがある訳でもない部活だが、ほとんどの部員が技術の向上を目指している。
「後で詳しいレジュメは配りますのでそれを参考にしてください」
そう言い終わると美奈子先生は指揮台から降りていつものように後を冴子に任せた。
冴子は指揮台に上がると
「繰り返しますが、ちゃんと家族の方には連絡しておいてくださいね。あと詳しいレジメはこの後、美乃梨が配りますから受け取ってください。今回はダニー先生のおかげで楽団の指導を仰げますが、来年以降も同じように指導してもらえるか分かりませんからね。今回限りの可能性もあるので、この機会を逃さずに皆さん! 気合を入れて頑張りましょう!」
と浮かれている部員に釘を刺すことも忘れていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます