第377話朝練 その1

翌朝、僕は早朝練習に参加した……というより参加させられたと言った方がこの場合正しい表現だ。

昨日、部活の終わりに瑞穂から『この二人の教育担当よろしくね』と軽いひとことで、僕が教えることになった時岡優奈と伊藤美優の朝練にこうやって付き合う羽目になっている。


 時岡優奈は本来はオーボエ担当であり伊藤美優はトランペットが担当である。

どちらも兼務希望でこの時期ヴァイオリンを練習することになった。


 音楽室に行くともう二人はボウイングの練習をしていた。

僕が教室に入ると二人とも練習の手を止め立ち上がった。

そして二人そろって

「おはようございます」

と大きな声で挨拶をした。


「ああ。おはよう。早いねぇ。何時から練習してんの?」

と僕は聞いた。


「7時ぐらいからやってます」

と時岡優奈が答えた。


――真面目やな――


「早や……もう一時間近くボーイングの練習をしていたんや?」


「はい。でも途中にスケールの練習も挟みましたけど……」


「いやいや。それでも練習熱心やねえ……」

と僕は感心しながらも

「え~と、オーボエの時岡とトランペットの伊藤やったよね?」

と二人の顔を各々見比べながら名前を確認した。


――確か髪の毛が長い方が時岡で、ショートヘアが伊藤だったな――


 昨日軽く紹介されただけだったから今一自信はなかったが、

「はい」「はい」

と元気のいい返事を聞いて、僕の記憶は間違っていなかったと内心胸をなでおろしていた。


 一応瑞穂に紹介された時に挨拶程度に言葉は交わしたが、この新入生二人と話をするのは今日が初めてである。まず練習前に彼女たちの人となりも知りたいと思ったので、色々と話をしてみようと思った。


 僕が身近にあった椅子に座ると二人も同じように座った。


「いつもこんなに早くから朝練やってんの?」

と僕が聞くと二人で顔を見合わせて頷きあってから時岡優奈が

「はい。この頃はいつも7時くらいから朝練してます」

と答えた。


「そっかぁ……練習熱心やなぁ。弦楽器は楽しい?」

と僕が聞くと二人は声を合わせて

「はい」

と元気よく答えた。とってもいい返事だ。


「二人とも管楽器と兼務やんなぁ……二人は中学時代に吹部とかの経験は?」

と僕は聞いた。


「私は吹部でオーボエを吹いてました」

と時岡優奈は軽くウェイブが掛かった長い髪を指先で触りながら応えた。

その答えに僕は頷いてから視線を伊藤美優に向けた。


「私は……楽器は今回が初めてです」

と伊藤美優は少し申し訳なさそうに応えたように見えた。伏し目がちな大きな瞳に二重瞼。少したれ目気味だが愛嬌のある顔立ちだ。


 その表情を見て

――拓哉好みかもしれない――


等とくだらない事を考えてしまった。


 そんな不埒な事を考えていたのを悟られないようにでもないが、僕は

「そうかぁ……時岡は経験者かぁ……」

といたって真面目な顔で伊藤ではなく時岡に声を掛けた。


「でも魚北中ですから……」

と彼女は謙遜気味に応えた。出身校がそれほど強豪校ではなかったのを気にしているようだった。


「ま、うちは吹部じゃないんでそれは気にしなくていいよ」

と僕は笑いながら言った。


「……それで器楽部でもオーボエ担当かぁ……」

と僕が呟くと

「本当はヴァイオリンだけがやりたかったんですけど、吹部経験者は兼務になると思っていたので両方希望で出しました」

と時岡優菜は応えた。


「そんな事ないのに……」


「それ、あとで聞きました」

と言って時岡優菜は苦笑いした。


「今からでも専従できるけど?」

と僕が聞くと

「いえ。折角なんで兼務でやります。管楽器ができる人間がいた方が、オーケストラ練習の時に何かと便利そうですし、実は『オーボエも捨てがたいなぁ』ってこの頃思い始めたので……」

と笑って言った。


「なるほどねぇ。それなら良いんやけど。それに去年は千恵蔵たちしかおらんかったから、オーケストラ練習の時は吹部からの応援待ちやったからなぁ……」

と僕も納得した。

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