第373話部活にて その2
僕の高校では一年生は芸術の授業で美術と音楽の授業のどちらかを選択するようになっている。
その音楽の授業でヴァイオリンも取り入れられたというのだ。
勿論、僕の一年生の時にそんな授業はなかった。
ちなみに僕は何も考えずに『ピアノとヴァイオリンを習ってたので楽譜が読むことができる』という安直な理由だけで音楽を選択していた愚か者である。
「ホンマや。冴子のオヤジがヴァイオリンからヴィオラから何から何まで弦楽器を寄付したん、知っとうやろ?」
「それは知っとう」
今年の頭に冴子の父親が学校に弦楽器を寄付したことは知っていたが、それは娘が在籍している器楽部への寄贈だと思っていた。
「それが尋常な数やなかったみたいや」
と、何故かどや顔で大二郎は教えてくれた。
「げ、ブルジョアジー様はやる事がど派手やな」
廃部だったとは言え元々は器楽部が存在していたので多少の弦楽器はあったのだが、メンテナンスが満足いくものではなかったようだ。それを見かねたのか聞き及んだのか、我が娘が所属する器楽部が復活したことで冴子の父親が気前よく楽器を山ほど寄付したようだ。
そんな弦楽器の山を見て美奈子ちゃんが黙っているはずはないなとは想像できたが……やっぱり黙っていなかったようだ。
器楽部だけでなく、授業でもそれを活用しようという事になったのだろう。
言われてみれば吹奏楽部から戻ってきた一年生たちは、初めてヴァイオリンを手にしたはずなのに当たり前のように誰の指示も受けずにボウイングの練習を始めていた。
「しかし……こうやって見ると同じ素人でも先にヴァイオリンを手にした奴らの方が、なんか様になっとるなぁ……」
と大二郎が感心したように呟いた。
確かに大二郎の言う通りだった。
『一日之長』とでもいうのであろうか? 同じ一年生でも吹奏楽部に行かなかった弦楽専従の部員の方が、まだ慣れた手つきでヴァイオリンを扱っていた。毎日コツコツと練習していた差はこうしてみると思ったより大きいもんだと実感した。
「そうやな。でもあの出戻りの一年生らは弦楽器もやりたいって希望したんやんなぁ?」
と僕も一年生たちを見ながら大二郎に聞いた。
「そうらしいで」
と大二郎は頷いた。
「両方、覚えんの大変やろ」
他人事とはいえ管楽器も弦楽器もどちらも未経験で入部した新入生にとっては、両方一度に覚えるのは至難の業だと思う。吹奏楽部出身者でも、もう一つ楽器をマスターし両立するのはやはり厳しいと思う。
「ホンマになぁ。でもお前がそれを言うか?」
と呆れたような顔で大二郎は僕を見て言った。
「え?」
と僕が聞き返すと
「ピアノとヴァイオリンの両方やっとる奴の台詞とは思えんな」
と大二郎は呆れ気味の表情で言った。
「あ、そうか」
と自分でなんて間抜けな事を言ったのかと笑ってしまった。
僕自身、至難の業だと思ったことは一度もなかった。
「まあ、それはそれとして、吹部も大会目指して動き出したからな。最初は夏休みまでとか言うとったけど、初心者や一年生の面倒なんか見てられへんからなぁ……そんなん春先から分かっとったことやのに……」
と皮肉っぽく大二郎は言った。
「まあ、そこまで考えてなかったんとちゃうか? で、同じように出稼ぎに行った國香中出身者はどないすんの? まだ戻ってきてないようやけど……」
と聞くまでもないと思いながらも、一応大二郎に確認した。何事も裏付けは必要だ。
「ああ、そうや。戻ってきてへんわ。三年の三人は吹部に残ったままや。あと一年の國香中出身の三人も残ったままや。大会が終わるまでは帰って来ぇへんやろうなぁ」
何故か二年生にも國香中出身者もいたが、吹奏楽部に出稼ぎに行かずに残っていた。
「やっぱりそうか……もしかして大会メンバーに選ばれたとか?」
と僕が聞くと
「そうや」
と大二郎は事も無げに応えた。
「そうかぁ……大会メンバーに選ばれたんや……って、器楽部の人間に大会メンバーの席取られたらアカンやろ?」
「う~ん。ホンマはアカンやろうなぁ……。でもなぁ……あいつら相当上手いからなぁ……なんせ全国行っとうからな」
と大二郎は笑いながら答えた。
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