弦楽のためのアダージョ
第372話部活にて その1
オーケストラとの共演も無事に終わり、僕はいつも通り放課後の部活に参加していた。
あのプロとの共演時に感じた至福感からは完全に抜け切れず、未だに若干その余韻に浸りながらもいつもの日常に戻ろうとしていた。
その日の部活、僕と哲也が音楽室に入ると部員はほぼ全員そろっていた。
どうやら僕たち二人が最後のようだった。
その時僕は音楽室に居た器楽部員が全員、弦楽器を携えているのに気が付いた。
先に席に座っていた拓哉を見つけると、僕たちはその隣に座った。
席に着くなり哲也が声を潜めて
「弦楽器ってこんなにおったっけ?」
と僕の耳元で聞いてきた。
哲也はいつもと違う雰囲気に気が付いたようだがどこかずれている。
「あほ。管楽器の一年も希望者は弦楽器も兼務になるって言うてたやろ」
と僕も小声で教えた。
「ああ、そうか。そんなこと言うとったな……だから今日は管楽器がおらんかったんや」
と哲也はとぼけた事をほざいていた。相変わらず緊張感のない奴だ。
吹奏楽部はこれから夏の大会に向けて本格的に練習が始まる。
そうなると今吹奏楽部で面倒を見てもらっている我が器楽部員の処遇が問題となる。
吹奏楽部としても夏の大会に全精力を傾けたいこの時期に、器楽部の新入生部員の面倒までは見きれないという事なんだろう。
そういう訳で吹奏楽部へ研修中の新入部員は、当初の予定より早く器楽部に戻ってくることになった。
ただそういった出戻りの管楽器担当部員にとっては、弦楽器に触れるチャンスでもあった。
帰って来た新入生たちで音楽室はいつもよりざわついていた……特にヴァイオリンはいつもより人数が増えて大所帯となっていた。
こういうのはこの器楽部ならではのユルさなんだろうな。
オーケストラ部とか吹奏楽部とかだったら、これほど自由度の高い楽器選びはできないと思う。
「はい、皆さん。ちょっと注目して!」
と美奈子ちゃんが指揮台に上に立って部員に声を掛けた。
「今日から吹部に行っていた管楽器担当の一年生も戻ってきたので、これから一緒に弦楽器の練習をします。帰ってきた人たちはいつもと違う楽器で戸惑うかもしれないけど楽しんでください。折角の機会なので色々な楽器に触れてください。それと、弦楽担当の先輩たちはちゃんと教えてあげて下さいね。じゃ、あとはよろしく」
とそれだけ言うとさっさと指揮台から降りてしまった。
本当にこの先生の放任主義は全くぶれていない。
美奈子ちゃんに代わり冴子が指揮台に上がると慣れたように
「先生のおっしゃった様に一年生は弦楽器に触れるチャンスです。うちはオーケストラ部ではありません。器楽部なので担当楽器に縛りはないからね。『やっぱり弦楽器の方が面白そうや』と言うのであれば、そのまま変更も可能やから。それじゃあ、今から担当楽器ごとに分かれます」
と言うと手を「パン!」と一回鳴らした。
そして
「ではヴァイオリンは全員音楽室に残って下さい。それ以外はパートリーダーの指揮に従ってください」
と声を張り上げて指示を出していた。
それを聞いて立ち上がった哲也は僕の肩をポンと軽くたたくと
「ほな、行って来るわ」
とチェロのメンバーを引き連れて音楽室から出ていった。同じように拓哉や忍たちも後輩を引き連れて出ていった。
音楽室はファースト及びセカンドヴァイオリンのメンバーだけが残った。
いつもはトランペットやオーボエの練習をしている一年生が、ぎこちない仕草でヴァイオリンを肩に乗せはじめていた。
暫くして
「なあ、亮平、知っとうかぁ?」
と哲也に置いていかれて所在なさげに突っ立ていた僕に、練習風景を見ながら大二郎が僕に話しかけてきた。
「知らん」
と僕は首を振った。
「……て、まだないも言うてへんやろ」
と大二郎が半ば呆れたような顔で言った。
「はは……悪い悪い、で何?」
と乾いた笑いを浮かべて僕は聞いた。どうせ大したことではないだろうと思っていた。
「そうそう、今年の一年から音楽選択した奴らヴァイオリンの授業もあるねんて……」
気を取り直したように大二郎は話し出した。
「嘘ぉ! それは知らんわ。ホンマに?」
と初耳だった。大二郎の話は大したことではないが予想外の話で驚いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます