第371話 コンサートその6

 ダニーは間を開けずに第三楽章のタクトを振った。


第三楽章は楽しくて仕方ない。

華麗で自由で少し気まぐれな音の粒が乱舞する。


本当にダニーは僕の好きなようにピアノを弾かせてくれている。

心置きなく僕は自分が思う音の粒を生み出していく。



 ダニーと視線が絡む。

ダニーは指揮棒を振りながら一瞬の笑顔で


――その調子で好きなように弾きなさい――


と言ってくれているようだ。


それにしてもなんてラフマニノフはなんてバラエティに富んだ曲を書いてくれたんだ。

この曲をダニーの指揮とこのオーケストラで奏でることができる幸せを感じている。


ダニーは一気に高揚を持ってくる。僕も一気にカデンツァで駆け上がる。


コンマスのバイオリンが良く聞こえる。


――さあ見せ場だ!!――


とばかりにダニーのタクトが激しく振り回される。

オーケストラは強弱をはっきりと差をつけて僕のピアノを際立たせてくれている。


――ゲネプロではこんな風に弾いていなかったのに――


と思いながらも僕は全力で鍵盤に立ち向かう。

後でダニーに聞い話だが、これはダニーのその場の思い付きだったらしい。

それに応えられるオーケストラも凄いと思う。


 僕の指は鍵盤を駆け巡る。

そして僕の意識は一気にオーケストラと同化する。僕がピアノを弾いているのか、このピアノに弾かされているのかもわからなくなってきた。


 ダニーの指揮に導かれてオーケストラは終焉に向けて怒涛のように突き進む。

僕のピアノも同じように高みに上っていく。

優雅に堂々と愁いを残しながらわき目もふらずに全員が同じゴールを目指す。


 最後に大きくダニーのタクトが力づよく振り下ろされた。


僕の右腕が勢いよく跳ね上がった。今僕が持てるすべてのものを出し切った。


――終わった。至福の時間が――


 充実感が少し遅れて押し寄せてきた。


万雷の拍手がホール全体に鳴り響く。


 ダニーが僕に歩み寄ってきた。

僕は立ち上がってダニーにハグした。そうせざるを得ない気持ちだった。


「ありがとうございました」

と僕はひとこと言った。


ダニーは僕の耳元で

「ブラボー! いい演奏でした。でも息が上がってますね」

と満面の笑みを浮かべて祝福してくれた。


「ダニーも上がってますよ」

と僕は応えた。明らかに気分が高揚しているのが分かる。


 コンマスの寺嶌さんと握手をした後僕は客席に頭を下げた。

そしてオーケストラに向かって頭を下げた。

素晴らしい演奏だった。僕はここで色々な事を学んだ。この人たちにいくら感謝しても足りないくらいに。


総立ちの観客に向かって楽団員が全員立ち上がった。



 エゴイストたちの宴は終わった。

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