第374話部活にて その3
「そうやったなぁ……」
確かに霜鳥や早崎の出身校である国香中学校は県下でも有数な吹奏楽部強豪校である。何故かその中学校の吹奏楽部出身者がうちの部に拓哉を含めて九人もいる。その中の三年生の国香中学校出身者四名は全国経験者だ。今年入部した三人にしても全国は行けなかったが、関西大会でダメ金であと一歩だった。
吹奏楽部に出稼ぎに行かなかった拓哉や二年生は別として、それなりの実力と経験を持った國香中学校出身の部員たちだ。市大会を突破できないうちの吹奏楽部にしたら喉から手が出るほど欲しい人材だろう。引き止められても仕方ないことだ。
――なんでそんな奴らが器楽部(うち)に来るのかよく分からんわ。それほどうちの吹部は魅力がないのか?――
これが僕の偽らざる気持ちである。
「なんか相当頼み込まれたみたいやで。全国とは言わんまでも関西までは行きたいんとちゃうか?」
と大二郎は言った。
「そりゃ行きたいやろう……というか元々それが目的で吹部は管楽器担当を引き受けたんとちゃうんか?」
ちょっと穿(うが)った考えかもしれないが、僕はそんな風にも思ってしまった。
「そうかもなぁ……それやったら栄もなかなかの策士やなぁ」
と大二郎は感心したように何度も頷いた。あながちあり得ない話ではなさそうだ。
真面目そうな温厚な表情の栄の顔が浮かんだ。
――あの顔で世間の垢にまみれた大人の様な駆け引きができるとは……侮れん奴だ――
どんなヨゴレになるか、栄の将来が楽しみである。
「で、全国経験者の拓哉は誘われなかったんか?」
と僕は気を取り直して大二郎に聞いた。
「さあ?」
と大二郎は首を振った。情報通の大二郎でも流石にそこまでは知らないようだ。
「でも、あいつは吹部と色々あったからなぁ……今更吹部に戻る気もないんとちゃうか?」
と大二郎は少し考えてから言った。
「そうかもしれんなぁ……」
と僕も大二郎の意見には同意できた。これを拓哉に直接聞くのはちょっと憚られるなとも思った。
いつも一緒にいる僕や哲也にそのあたりの話を全くしない拓哉には触れられたくない話題かもしれない。これ以上の詮索は止めた。
「それにしても栄やったら『全国行くぞ!』とか今更言い出しかねんやろうなぁ」
と僕は話題を変えた。
僕は部長の宮田栄と北田建人なら、そういう能天気な事を言い出してもおかしくはないと本気で思っていた。
「せやろ?」
と大二郎は笑った。どうやら彼も同じことを思っていたようだ。なので僕もつられて笑ってしまった。
「ホンマになぁ……でもホンマに全国まで行ったりして……」
「流石にそれはないやろ?」
と大二郎は即座に首を振った。
「ないなぁ……」
……と大二郎と乾いた笑いを浮かべていたら
「亮ちゃん、大ちゃん、何をさぼってんの!」
と僕たちを睨みつけながら瑞穂が近寄ってきた。
「いやいや、こういうのは慣れた人たちに任せるのが一番やと思って遠慮してた」
と大二郎が取ってつけたような言い訳をした。とっさにそんな言い訳が出てくる大二郎は本当に神経の図太い素敵な男だと思う。
しかし瑞穂に
「なに言うてんの! ちゃんとしいや」
と素敵な大二郎の取ってつけた様な言い訳は、一瞬で虚しく消し飛ばされていた。
彼はこの世で一番『見掛け倒し』という言葉が似あう男かもしれない。
「でもな、瑞穂」
と僕は瑞穂に声を掛けた。
「うん? なに?」
と瑞穂は眉間にしわを寄せ『まだ何か言いたいのか?』と言わんばかりに僕たちを睨んだ。
「いや、『希望者には弦楽器を教える』という事やけど、ちょっとヴァイオリン多(おお)ない? オーケストラではまだ演奏(や)らさんよなぁ? とりあえず『教えておく』ってレベルやんなぁ?」
戻ってきた管楽器担当者が弦楽器を弾くのは理解していたが、その多くがヴァイオリンに振り分けられているように見えて気になっていた。
一応兼務は可能ではあるが、器楽部では管楽器が本業であるはず。戻ってきた新入部員の希望がヴァイオリンに偏ったとしても、この数は少し多すぎるような気がしていた。
「あ、そのことね。実は演奏(や)らすみたい」
と瑞穂は表情を緩めて答えた。
「え? ホンマ?」
と大二郎と僕は声を合わせて驚いた。まさか兼務でそこまで考えているとは思ってもいなかった。
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