第369話コンサートその4

 それにしてもこのオーケストラの人たちは血も涙もない。

誰も僕を『巨匠が戯れに連れてきた高校生』などとは扱ってはくれない。

というか同じステージで演奏している時点で、僕のキャリアなんか眼中にないのかもしれない。


この演奏を聞く限り僕はプロと同じ扱いを受けていると思って良いんだろう。


それはとても嬉しい。


 この怒涛の様なエゴイスト達の色鮮やかな音の波に僕のエゴを貫かなくてはならない。それでないとこの音の粒が舞う素晴らしい景色を維持できない……そんな気がする。 このオーケストラに立ち向かい、一緒に音の波を作り上げていく覚悟が必要だ。


 リハーサルの時とは全く違う音に戸惑いながらも、何もかもが新鮮な感覚だった。僕はピアノを弾きながら鐘の音を鳴らし続けた。


――指揮はあのダニーなんだ。世界の巨匠の元で最高の音を出さずにいつ出す――


そんな楽団員たちの声が聞こえてくるようだ。


 そう、プライドに色づけされたエゴは本当にきれいな音の粒で舞っている。

この音の粒を見ているだけでも楽しい。


 今日この日を迎えるまでにダニーからは何度も『好きに弾いて良いです。その時に感じた感覚を大事にしなさい』と言われていた。

そして最後に『どんな音を出してもちゃんと付き合ってあげますから安心して走り抜けなさい』と笑顔で言われた。

その期待に応えて好き勝手演奏させてもらう。やっとだが腹が決まってきた。


 ダニーはこのエゴイストたちを煽り導きそして一つにまとめ上げている。


やはり彼は世界の巨匠だ。

申し訳ないが今初めてそれを実感した。

単なるワイン好きの酒飲みのオヤジではなかった。


 ダニーはこのエゴイストたちの音の粒をさらに美しく纏め上げていく。

まるで魔術師のように。


 今の僕は怒涛の荒波にもまれる小舟のようなものかもしれない。ダニーの指揮はその中で見えた一筋の灯台の灯りのようだ。だからと言って弱気になる事はないが、今はその明かりを頼りに僕は鐘を打ち鳴らし続け、更に叙情的な音の粒を奏でる時だ。


 この人たちと音の粒を波を鮮やかに軽やかに紡いでいかなければならない。

主旋律を弦楽に任せて、僕は演奏至難なパッセージを情緒的に響かせている。


そして徐々に強まる怒涛の音の波を僕は押し返すような和音のつながりを連打する。




劇的な第一楽章を駆け抜けると、訪れる一瞬の静寂。

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