第360話決意
冴子や哲也も拓哉も小百合の事を心配していたが、瑞穂が昨年みっちりと教えた彼女は思った以上にかなりしっかりしていた。
余計な心配だったかもしれない。
ただ、今の状況を見ると小百合自身が考え過ぎて誰に相談してよいか分からなくなってしまっていたんじゃないのか? そんな気もしていた。
少なくともディヴィジに関しては、二年生になったばかりの小百合が考える事ではない。
と言いつつも三年生になったばかりの僕は考えていなかったが……。ちょっと情けない。
――僕と違って瑞穂は間違いなくここまで考えていたな――
と僕は確信した。
そして小百合はその瑞穂の影響を見事に受けている。
そう思いつつも
「冴子や瑞穂には相談しなかったん?」
と僕は聞いてみた。
「まだ誰にも相談していません。するつもりではいましたが、今日、亮先輩の顔を見ていたらつい相談したくなっちゃいました」
とあっけらかんと言われてしまった。
「俺ってそんなに相談しやすい顔してんのかぁ?」
「いえ、そんなことはないんですけど……」
と小百合は言葉を濁して笑ってごまかした。間違いなく『相談しやすい顔』をしているんだなと確信した。
結局、小百合が悩んでいたのは『まだどうなるか分からない今年のオーケストラの方針』だった。
演奏方針なんかは、ダニーしか分からない。というかダニーもまだそこまでは考えていないような気がするがどうなんだろう。今度、安藤さんの店で会ったら聞いてみよう。
僕は
「基本的には去年と変わらんと思うけどなぁ。もしプルトに問題があるようだったらダニーが指示してくれるやろ。今は小百合の考えた通りやったらええと思うで」
と答えるのが精いっぱいだった。
「そうですよね。余計なことまで考え過ぎていましたね。じゃあ、横尾と中務の入れ替えだけにしておきます」
と小百合は納得したように答えた。
この一連のやり取りで僕は小百合に確認したくなった。
「ところでさあ。例の三人はどう? 上手くやれてんの?」
とストレートに聞いた。
聞くなら今しかないと確信したからだ。
「え?」
と一瞬、小百合は返答に詰まってたじろいだ。
「いや、明らかにあの三人はレベルが高いやんか? 一年生のくせに。小百合はやり難いんとちゃうんかなぁって思ったりもしたりして……」
と最後は自分でも何を言っているのか分からないぐらい焦った。
『聞くなら今だ』とは思ったが、『どう聞くべきか』なんか考えていなかったので、直球すぎる質問に自分自身が焦ってしまっていた。僕の確信はどこへ行った?
――もう少しオブラートに包んだように聞くべきやったか?――
小百合はしばらく僕の顔をまじまじと凝視していたが、いったん視線を外した。そして再び僕の目をじっと見つめて
「かわいい後輩ですけど、負けたくはありません」
と僕の危惧をよそにひとこときっぱりと答えた。
――何事も控えめな小百合さんはどこへ行った?――
と思わず呟きそうになった。
全く控えめな様子など感じられない毅然とした態度で小百合は言い切った。
「負けたくない?」
「はい。実は去年は一年生の中で私だけ経験者という事で、ファーストに入れてもらえました。なので彩音さんを目の前で見る事もでき、音色をすぐそばで聞く事も出来て感動しました。琴葉さんや瑞穂さん、亮先輩に宏美さんにも教えてもらえて本当に感謝しています。
『先輩の琴葉さんや谷川さんがセカンドなのに私がファースト?』と申し訳ない気持ちはありましたけど、先輩たちに囲まれて本当に楽しかったです」
「でも今年になってセカンドのパートリーダーにコンバートされて、後輩たちの面倒を見て思いました。『一年近くあの先輩たちに色々教えてもらったのに、一年生に負けるわけにはいかない』と」
小百合にとってこの一年近くの経験は彼女に大きな自信になったようだ。
更に小百合は言葉を続けた。
「でもあの三人は本当に上手いです。勝ち負けではない事は分かっていますけど、なんだか気持ちだけでも負けたくないという思いが強いです。今はあの三人に私が何かを教えるというより、一緒にセカンドで何をすべきなのかを考えたいと思っています。でもそれが何なのか、まだよく分かっていないですけど……」
と最後に少しだけ迷いを見せたが、僕たちが思ってた以上に小百合は冷静に自分を含めて周りを見ていた。
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