第359話小百合の答え
「今年の課題曲がそろそろ決まると思うのですが、その発表を聞いてからと考えています」
と小百合は答えたが、これはただ単に結論を先延ばしにしようとしていると僕は感じた。
「う~ん。それってどうやろ? 曲によってプルトは代わる事があっても良いと思うけど、基本的なプルトはちゃんと決めた方が良いんやないかなぁ。なんか問題を後回しにしているような気がすんねんけど」
「やっぱりそうかぁ……そうですよねえ……」
と小百合は思い直したように何度か頷いた。
やはり自分でも問題の先送りという自覚があったようだ。
しばらく考えてから意を決したように
「であればあの三人は結構実力もあるので、私は基本的にはこのまま後ろのプルトでいいと思います」
と小百合は迷わずに言った。彼女なりにすでに考えていたのかもしれない。
「じゃあ、プルトは変える必要はないと?」
と僕が確認すると
「いえ。組み合わせは変えます。横尾と中務は入替ようと思います。経験者の一年生に未経験者の一年生を見てもらおうと思います。秋島に杉山。中務に尾坂。鈴原弟に横尾の面倒を見てもらおうと思います。ちょうど経験者と未経験者が三人づついますので」
ときっぱりと迷いなく答えた。
やっぱりここ数日プルトに関して彼女は考え続けていたようだ。その結論が今出た。
「それは
プルトは二人一組である。小百合の考えは経験者と未経験者のペアで一つのプルトを構成するという事だった。
「そうです」
小百合は今回もはっきりと答えた。
「ええんとちゃうかな。ホンマに都合よく三対三でおるわ」
小百合に言われて僕も一年生のマンツーマンは良い案に思えた。
プルトの表を例の三人に任せるのは理にかなっているし、その組み合わせで一年生を後列のプルトに固めるというのも、年功序列だけでなくちゃんと意味を持たせることができる。
十二人もセカンドがいれば、前列のプルトと後列のプルトでは微妙に距離ができたりする。指揮をちゃんと見て演奏しているとしてもタイミングを計るのが不安になったりすることもある。
そもそも未経験の一年生はちゃんと指揮まで見きれていないだろう。やはりこの辺りは経験者にサポートを任せたい。
最初は年功序列だけの席順とたかをくくって見ていたが、案外美奈子ちゃんも同じような事を思っていたのかもしれない。
僕がそんな想像を膨らませていると
「ただ、心配なことが……」
と小百合が言葉を続けた。
彼女にはまだ気にかかる事があるようだ。
「なんや? まだ何かあんの?」
「*ディヴィジは頻繁にやりませんよね?」
と小百合は不安そうな表情を浮かべて聞いてきた。
「そんなにやらんと思うけど……。去年もあまりなかったような気がするけど。なんで?」
唐突な小百合の質問に僕も虚を突かれてしまい少し慌てた。
「はい。去年は亮先輩の言う通りディヴィジはあまりやりませんでした。でも今年はダニー先生が指揮しますよね?」
と伺うような表情で僕を見て言った。
「ああ……確かに……」
そうだった。今年は去年と違ってダニーが指揮棒を振る事が多くなりそうだ。
小百合はそこまで考えていたのかと、僕はまじまじと彼女の顔を見て感心してしまった。
ディヴィジの場合、表は高音パートを担当する事が多く、裏はハモリや対旋律を担当する事が多い。昨年は新人にはディヴィジというより弾きやすい楽譜に書き直していたりしたが、ディヴィジが無かった訳ではなかった。
瑞穂が言ったように弦楽器は表現力が広く多様な楽器である。その最たるものがヴァイオリンだともいえる。
ダニーなら重音奏法による速いパッセージで四和音が指定されているような場合、二×二のディヴィジを要求……なんてことも有りうるんじゃないか? という嫌な予感がしてきた。
それよりも同時に
――小百合はもしかして瑞穂と同じことを考えていた?――
そんな考えが僕の頭をよぎった。
*divisi(ディヴィジ)パートの中のパート分け。この場合プルトの表と裏で担当を分ける事。
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