第352話思い出した事その2
「うん。本当ならね。ファーストはせめて八人は欲しいよね」
と瑞穂は答えたが、それを聞いて僕も同じことを思っていた。
ファーストヴァイオリンが少なすぎると木管とのバランスが悪くなる。
実際に昨年も大二郎と琴葉は、何度かファーストにコンバートされていた。
「だったらなんで?」
分かっていながら何故ファーストバイオリンの人数を減らすような事をするのか? 冴子は怪訝な表情を見せて聞き返した。
「上手く言えんのやけど、強いて言えば一体感かな?」
「一体感?」
冴子の眉間にしわが寄った。
「そう。今年の一年生はね。経験者と未経験者の差が激しいと思わへん?」
と瑞穂は冴子に確認するように聞いた。
「うん……それは私も思ってた」
と冴子は素直に頷いた。
「特にあの三人は間違いなくファースト候補やん」
「それは私も考えていた……だから最初からあの三人をファーストにしたら、他の三人が拗ねるって言いたいん?」
と冴子は瑞穂に少し詰め寄るような感じで聞き返した。
「いやいや、それはないと思うわ。さすがにあの力の差を見せつけられたら三人を最初からファーストにしたとしても誰も文句は言わんと思うし、言えんやろ」
と瑞穂は冴子の言葉を軽く流した。
「まあ、言えんなぁ……だったらどういう事なん?」
と冴子はまだ瑞穂の意図がつかめていなかった。それはそばで聞いていた僕も同じだった。
「私はね。弦楽器ってオーケストラの中で一番の表現力を持った楽器やと思うん」
と瑞穂は話題を変えた。
ただ、冴子だけでなく僕にも聞かせるように瑞穂は言った。
瑞穂が言うように弦楽器は、オーケストラ内で使われる他のどんな楽器群よりも多くの奏法があり、強弱の変化や表現方法も多く、奏法は無限大と言ってよい。
瑞穂は更に話を続けた。
「だからこそ、最初は特に一年生は同じところで演奏させてみたいねん。未経験の新人は必死に覚えるのに精一杯やと思うけど、隣で経験者の上手い演奏を聞いたら励みになるんやないかと思う。あんたはそう思わへんか?」
「隣で亮平が私よりヴァイオリン上手く弾いたら腹が立ってしゃあないけどな」
と冴子が間髪入れずに答えた。
僕がなにか文句を言う前に瑞穂が
「誰もあんたら二人の話は聞いてないわ。あんたらは参考にも見本にもならんわ」
と冴子のひとことを遮った。
冴子とひとまとめにされたのには不満があったが僕はそのまま聞き流した。
「それはそうと、今年の一年生もいずれは上級生になるやん。オケのヴァイオリンはソロやない。何人もおって奏でるもんやん。息が合わんと出したい音も出ぇへんと思うんや。だから最初は一年と二年は経験者も未経験者も同じセカンドでお互いの事を知ってもらおうと思うんやけど……」
冴子は瑞穂の顔をじっと見つめていたが
「最初は……ってどれくらいまでやらすつもり?」
と聞いた。
「う~ん。夏休みまではこれでどうかなって」
ファーストの数の不足は分かった上での瑞穂の提案だった。それはなんとなく僕にも伝わった。
「ふん。夏休みまでね……それって『一年生のお約束』みたいなもんにするつもりかぁ……」
と冴子はひとこと言った。
その一言について瑞穂は何も答えなかった。
――夏休みに入ってからセカンドのメンバーをファーストに振り分けるつもりなのか――
僕には冴子がなんとか瑞穂の考えを理解しようと努力しているように見えていた。あの独立自尊の権化のようだった冴子が、自分以外の他人の意見をちゃんと聞き入れようとしているように感じていた。
「でも、*プルト悩みそうやな……」
と冴子は呟いた。そのつぶやきは、さっきのひとことと違って瑞穂の耳には届いていないようだった。
僕はこの一連の二人のやり取りを聞いてふと思う事があった。
この頃、冴子は表情が豊かになってきたような気がする。部長になってからの冴子はトレードマークだったあの『兎に角、上から目線』が減り、言葉足らずはあるものの面倒見の良い頼もしい先輩に変化しつつあるように思えていた。
それは彩音さんを見習っての変化だったのだろう。憧れの先輩に少しでも近づきたいという冴子の気持ちの現れではないだろうか? 多分この想像は間違っていないと思う。
*楽譜台の事 この場合は演奏者の席順
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