第351話思い出した事その1
悠一の話を聞くうちに思い出した事があった。
僕が三年生に進級し新入生が入部してまだ間がない頃だった。
たまたま音楽室には僕と冴子と瑞穂の三人しかいなかった。
冴子と瑞穂はオーケストラ用の編成表を前に考え込んでいた。
新入生の顔ぶれも判って、そろそろ新しい編成を組まなければならない時期になっていた。
これを決めるのは冴子と瑞穂の仕事だ。
瑞穂が冴子に
「大ちゃん、今度本格的にファーストへコンバートしてもええかなって思うんやけど……どう?」
と相談するのを隣の席で座って譜読みをしていた僕は黙って聞いていた。
ちなみに大二郎と琴葉は彩音先輩が卒業で抜けた後、何度かファーストで演奏していた。
「そりゃ、三年生になるしな。琴葉と二人はええんとちゃうの?」
と編成表から目を離さずに冴子が答えると
「三年になったからというより、大ちゃん凄く上手くなってきてるやん。琴葉は言わずもがなやけど……」
と瑞穂が冴子のこの認識を軽く咎めるかのように真剣な顔をして言った。
どうやら冴子が軽く『三年生の特権』みたいな言い方をしたのが気に障ったようだ。
「確かに、あの二人は成長したと思うわ。だからファーストでええと思うんやけど……」
と冴子は顔を上げて瑞穂の顔を見て言った。
軽く聞き流すような態度で返事をした冴子だったが、瑞穂と同じように思っていたようだ。
ただ冴子の場合、言葉が足りなかったので瑞穂に誤解された。
「じゃあ、セカンドはどうするつもりなん?」
とそんな瑞穂のこだわりに気が付く冴子ではなく、普通に聞き直していた。
セカンドのパートリーダー琴葉と大二郎の二人をファーストにコンバートすると、セカンドに残されるのは二年生と一年生だけになる。
冴子の質問はその琴葉の代わりのセカンドのパートリーダーを誰にするかという事だった。
「パートリーダーは小百合でどう?」
と瑞穂は間髪入れずに答えた。
今まで小百合は、曲目によってファーストからセカンドに何度かコンバートされていた。
「え? ファーストの小百合をセカンドのパートリーダーに?」
冴子は驚いたように聞き返した。
確かに小百合は一年生ながらファーストに抜擢されるほどの技術は持っていた。
どうやら冴子も三年生の二人をファーストにコンバートするのは考えていたようだが、そこまでは考えてもいなかったようだ。
「うん」
瑞穂は軽く頷いた。
「小百合が納得できるかなぁ……」
と冴子は心配そうな表情でつぶやいた。
「それは大丈夫やと思う。小百合は去年も私や琴葉と一緒にセカンドの連中の面倒をよく見ていてくれたからね。ちゃんとその意味を分かってくれると思うわ。それにあの子は来年三年生やし、どう考えてもファーストに戻るやん。だから今このタイミングでセカンドに行ってもらってパートリーダーやってもらおうと思ってん」
と言った。
「二年生の小百合がセカンドのパートリーダーかぁ」
冴子は自問自答するかのように呟いた。
その時冴子が何を考えていたのかは分からないが、僕は小百合だったらどんなセカンドになるかを想像していた。
「じゃあ、聞くけど新しいセカンドのメンバーはどうするつもりなん?」
冴子は瑞穂の意図が掴めずに確認するように聞いた。瑞穂の提案を理解するには、まだまだ情報量が足りないようだ。
「ヴァイオリンの二年生と一年生は全員セカンドにする……でどう?」
と瑞穂は答えた。言葉の最後は冴子の表情を窺うような表情になっていた。
「全員?」
冴子は少し驚いたように聞き返した。
「そう」
瑞穂は今度もさっきと同じように軽く頷いた。
冴子はその返事を聞いて黙って更に何かを考えているようだった。
そして
「それやったらファースト六人に対してセカンド十二人になるやん。バランス悪くない?」
と瑞穂に聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます