第353話思い出した事その3

「去年もセカンドのリーダーは二年生の琴葉やったし、チェロも哲っちゃんやったやん」

冴子の不安を取り除くように瑞穂は言った。やはり冴子のつぶやきは瑞穂には聞こえていなかった。


「そうやったなぁ……」

と冴子は言葉を濁した。まだ何かが彼女の中で引っかかっているようだ。


 昨年は部を立ち上げたばかりだったので、便宜上ファーストとセカンドヴァイオリンに分けただけだった。なのでそれにそれほど意味はなかったし、演奏曲次第ではファーストとセカンドのメンバーが入れ替わる事は何度かあった。

今年とは全く状況が違っていた。


「う~ん。二年生で経験者入部は小百合だけやもんなぁ……恵子たちもだいぶ上手くなってきたけど、琴葉と大ちゃんが抜けた後をあの子たちだけに任すのはちょっとなぁ……小百合のコンバートしかないよなぁ……」

と冴子は腕組みをして考え込みだした。冴子は納得したように見えてまだ完全には納得していなかった。


 しばらく無言で考え込んでいる冴子を僕と瑞穂で黙ってみていたが、唐突に

「亮ちゃんどう思う?」

と冴子は予想通り僕に聞いてきた。いつものパターンだ。

このパターンだけは変わらないのかもしれない。


「別に瑞穂の言う通りでええんとちゃうか?」

と僕は答えた。


「そうなん?」

冴子は聞き返してきた。


「うちの部活はコンクールがある訳でも全国大会がある訳でもないやん。だから焦る必要も、そんなにこだわる必要もないと思うでぇ。部員がちゃんとそれなりに楽器を弾けるようになるための編成を考えた方がええんとちゃうか? 去年もそうやったし……。それにセカンドで全くの素人は今年入った一年生六人の内の三名だけや。それなら他の二年生でも面倒みられるんとちゃうか? どうせ最初はボーイングから始まるんやし……デタシェやマルテレを徹底的にやらされるだけやろうし……去年あいつらがやらされたように……。

まあ来年は小百合に俺らの後を任せるつもりなんやったら、セカンドのパートリーダーで新人を見させるのはエエ案やと思うけどなぁ」

と僕は思った事を正直に冴子に伝えた。


 敢えて言わなかったが、曲によってはセカンドとファーストのメンバーの入れ替えは、昨年と同じようにやればよいと思っていた。なので小百合をセカンドにコンバートする事は、それほど大きな問題ではないとも思っていた。


「そうやんなぁ……皆が弦楽器をそれなりに弾けるようになるためやんなぁ……セカンドが一年と二年生だけやったら小百合しかおらへんねんよねえ……でもつぶれへんやろか?」

と冴子は不安そうにつぶやいた。


「つぶれるぅ?」

瑞穂は冴子の言葉の意味を推し量りかねているような表情を見せて聞き返した。


「プレッシャーに……小百合をセカンドのパートリーダーにしたら、その下にあの『マリアさんトリオ』やで……」

冴子にしては珍しく弱気な表情を見せて言った。本気で小百合の事を心配しているようだった。他人事でこんな表情を見せる冴子を僕は初めて見た。


「そっかぁ……それなぁ……」

僕と瑞穂は顔を見合わせて呟いた。

頭の中には例のくそ生意気で頼もしい一年生三人の顔が浮かんでいた。

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