第339話おばんざい屋

――こいつも翔と同じや――


 そして肝心な事は僕にしゃべらせようとする。


「父さんが入っていくのが見えたから、着いてきてもうた」

と僕はそのまんま応えてしまった。言葉を選ぶ余裕なんかどこにもなかった。


「ほ、そうか……千絵ちゃん、やっぱりこっちの席に座るなぁ」

とオヤジはカウンターの中にいた女性に声を掛けると、カウンターの向かいのテーブル席に腰を下ろした。どうやらオヤジはこの店の常連のようだ。


「まあ、お前らも座りぃな」

とオヤジが言うとその隣にオヤジと一緒に居た女性も座った。


僕達三人はオヤジたち二人と向かい合うように座った。

それほど広い店ではない上に、四人掛けのテーブルに五人で座るのは少し狭苦しい。


 目の前にオヤジと見知らぬ若い女性が座っている。

その女性は僕を見て微笑んでいるように見えた。

冴子が僕の脇腹に軽く肘を当てて来た。


――だからお前が聞けよ!――


と冴子に言いたかったが、

「この店は良く来んの?」

と当たり障りのない事をオヤジに聞いた。相変わらず僕は肝心な時に意気地がない。


「ああ、よう来んで……千絵ちゃん! 生一つとあと……」

とオヤジは僕の質問を適当に流しながら、飲み物を注文し始めた。


 すかさず冴子が

「グレープフルーツジュース下さい!」

とオヤジの隣の女性から目を離さずにはっきりした声で注文した。

「じゃあ、私も!」

と宏美も声を上げた。

それにつられて

「僕も……」

と小さな声で注文した。


 オヤジの隣の女性は壁に貼ってあるメニューを見て

「じゃあ、私はゆずチューハイ」

と言った。


 オヤジは少し驚いたようにその女性の顔を見たが、その女性は

「もういいでしょう?」

と言って笑った。


「はあ……血は争えんからなぁ……」

とオヤジは諦め顔で言った。


「血は争えんって?」

僕はオヤジに聞いた。


「ああ、うちの家系は酒飲みばっかりやからな……まだ大学に入学したばっかりやのに……」

と苦笑いしながらその女性を見た。


「うちの家系で、大学入学したばかり……?? え? もしかして真由美ちゃん!!」

と僕は思わず大きな声でオヤジに聞いた。


「えぇ? そうやで……って、今まで気ぃ付いてなかったんかいな?!」

と今度はオヤジが驚いたような顔で聞いてきた。


「いや……うん。全然気が付かんかった」

馬鹿正直に叫んでしまった事を僕は、マリアナ海溝よりも深く後悔した。今更取り繕う事は流石に出来ない。


「えぇ?……悲しいなぁ」

とその女性、もとい真由美ちゃんはそう言って本当に悲しそうに笑った。

予想通り、当然の反応だ。


「だってぇ、夏休みに会った時なんか化粧なんかしてなかったやんかぁ」

と僕は言い訳してみた。


「それって『化粧して化けた』って事なのかなぁ? ねえ。亮平君? それとも化粧が濃いくてケバイって事かな?」

と真由美ちゃんは優しげに笑いながら聞いてきたが、目は全く笑っていなかった。どうやらまた僕は不用意な一言で地雷を踏みかけているようだ……いや既に踏んでしまったかもしれない。


「いや……なんと言うか見慣れていないから分からなかっただけで、どっちが良いとか悪いとかそんな事では無くて……厚化粧なんかまだ化粧になれてないから仕方がないんで……」

僕は焦って言い訳を続けたが、それは更に墓穴を掘っただけだった。


「やっぱり厚化粧やと思ってたんや?」


「ちゃう!! そうやなくて!」

僕は完全に訳が分からなくなっていた。もう何を言っても裏目にしかならない。

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