新しい顧問
第338話日曜日の元町
軽音楽部のライブに飛び入り参加した余韻もまだ残っていた週末。
僕は元町の大手楽器店に居た。何故か隣に宏美と冴子も居た……というより彼女たちに僕が付き合わされてそこに居たというべきか。
要するに朝一の冴子からの電話の『一緒に来い!』というひとことで、貴重な休日を二人に捧げる羽目になってしまった。
目的は弓削翔のバンドとのコラボレーション用の楽譜探しだった。
思った以上に冴子は乗り気のようだが、もしかしたら宏美も僕と同じように『一緒に来い!』と呼ばれたのかもしれない。
しかし楽譜探しの時間より楽器店でピアノを弾いたり、他の楽器を見たりしていた時間の方が長かったような気がする。それでもそれなりに候補の曲は見つけることができた。後はこれを持ち帰り、翔たちが持って来た曲とのすり合わせをするだけだ。
楽器店を出た後は元町商店街と南京町をぶらついて、ハーバーランド迄足を延ばした。
この三人でボーと神戸港の景色を眺めるなんて何年ぶりだろうか?
――今度、ここに三人で来る時は大学生になっているのかなぁ――
なんとなくそんなことを漠然と考えていた。
帰り道は三人で鯉川筋の緩やかな坂を歩いていた。こうやってこの坂を三人で歩くのも久しぶりだ。
夕食をどこで取るかを相談しながら生田新道との交差点で信号待ちをしていると
「亮ちゃん! あれってあんたのお父さんとちゃうの?」
と冴子が僕の服の袖を引っ張りながら小声で聞いてきた。
僕たちの目の前の横断歩道を渡ってすぐにある店の中に、オヤジが若い女性と一緒に入って行こうとしていた。
「うん。あれは間違いなく俺の父さんやけど……」
「隣におる人は誰か知っとん?」
と宏美が聞いてきた。
「いや、知らんなぁ……けど、どっかで見たような気もするんやけど……誰やったかなぁ……」
とは言ったものの、思い当たる人物は浮かんでこなかった。
「誰なんやろ……」
と冴子が呟いた。
信号が青に変わった。冴子は足早に横断歩道を渡ると、オヤジが入った店の扉の前に立った。
扉のガラス越しに店内が見える。僕と宏美も冴子と同じように扉の前に店の中を覗き込んだ。
その店は一見小料理屋にも見えるがおばんざい屋のようだった。オヤジが気に入りそうなたたずまいの店だった。
玄関からまっすぐ伸びる通路に沿って左手にそのまま奥へまっすぐ続くカウンターが見えた。それほど広い店ではないのはすぐに分かった。
そのカウンターにオヤジ達は座ろうとしていた。
――間違いなくオヤジだ。隣の女性(ひと)は誰なんや?――
と思う間もなく冴子がその引き戸を開けて中に入って行った。
――え? 嘘やん!?――
僕は驚いて立ち止まったが、宏美に押されて一緒に中に押し込まれた。
この二人は躊躇するという言葉を知らないのか?
店のフローリングの床を音を響かせて冴子が進んでいった。その後を僕と宏美が続く。
姿は見えないがカウンター奥から女性の
「いらっしゃいませ」
という声が聞こえる。
それにオヤジが気が付いて振り返った。
僕たちの姿を認めて一瞬少し驚いたような表情を見せたが、すぐに呆れたような笑顔を見せて
「なんや? お前ら? どないしたんや?」
と聞いてきた。
咄嗟に冴子が振り向いて僕の顔を見た。
さっきまでの勢いはどこに行った?
冴子が後先考えずに突撃したのがよく分かった。
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