第340話真由美ちゃん
その時冴子が
「真由美さんって美乃梨のお姉さんの?」
と聞いてきた。
冴子にしては珍しい絶妙の助け舟だと思い
「あ、そうそう。美乃梨のねーちゃん」
と僕はホッとした気分で応えた。
「それが分からんかぁ? 相変わらず失礼な奴やな」
と冴子は見下したように言い放った。
「でしょう? 酷いよねえ」
と真由美さんは冴子の言葉に相槌をするように頷いた。
助け舟ではなく火に油だった。
一瞬でも冴子に感謝しそうになった自分を呪いたくなった。
「ホンマにこの親子は揃って失礼やわ……」
と真由美ちゃんは呆れたように言った。
「親子で失礼?」
と僕が聞き直すと
「そうやで。新神戸駅まで迎えに来てもらったんやけど、あんたのお父さんいうたら改札口の前で目の前にいる私に気が付かずに他の女性を見てたんよ」
と真由美ちゃんは憤慨したように言った。
「え? 父さんも分からんかったんや?」
僕は少し救われたような気持になってオヤジを見た。
オヤジはとぼけた顔で
「いや、気が付いていたんやけど、改札にとっても綺麗な女性がおったからなぁ。そっちをちょっと見とっただけやって」
と言った。
「それって何のフォローにもなってないと思うんやけど……どちらかと言えば失礼度合いはそっちの方が高いんとちゃうか?」
と僕は言った。オヤジの言い訳は言い訳にさえなっていなかった。
「そんな事はないやろ、気ぃ付かんよりマシやと思うぞ」
とオヤジは反論したが
「どっちもどっちやね」
と真由美ちゃんが呆れたような顔で言った。
僕とオヤジは顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。
この店にオヤジと真由美ちゃんが来たのは単純に夕食を取るためで、後で美乃梨もここにやって来ることになっていたそうだ。
そんな話をしていると美乃梨が店にやってきた。
美乃梨は僕達を見るなり
「なんや? あんたらも来とったんや?」
と少し驚いたような顔で聞いてきた。
「こいつらは勝手についてきただけや」
とオヤジはジョッキを口に当てたまま美乃梨に応えていた。美乃梨は「ふぅん」と頷き『姉ちゃん、詰めてや」と言いながら真由美ちゃんの隣に座った。
「もしかして真由美ちゃんってこっちの大学に進学してたんや?」
と僕は聞いた。
「そうやねん。元々大学は関西の大学に進学するつもりやったからね。もっとも先に美乃梨が神戸に行ってしまったお陰で私も来やすくなったけど。下宿先も探さなくて済んだし」
と真由美ちゃんは笑って応えた。
「本当はお姉ちゃんの後にこっちに来る予定やってん。けど、順番が逆になってもうたん」
と美乃梨は飲み物を注文し終わると、真由美ちゃんの言葉を受けるように会話に交じってきた。そう言えば美乃梨も関西の大学に進学するつもりだったとか転校してきた時に言っていたような気がする。
「なんで今まで黙っとったんや?!」
と僕は美乃梨に詰め寄った。
「そんなん決まっとうやん。あんたのお父さんに口止めされてたからに決まっとうやん」
と美乃梨は悪びれる事も無く応えた。
――やっぱりそうか!――
そんな事だろうと思った。僕はオヤジを睨んだ。
「いや、後でネタにしようと思っていたんやけど……」
とオヤジは言い淀んだ。
「……思っていたんやけど……って次は何や?」
と僕が更に詰め寄ると
「そのまま、忘れとったわ」
とオヤジは宣(のたま)った。
「忘れとったやとう?」
「いや、美乃梨の時みたいに驚かせてやろうと思っとったんやけど、なんやかんや仕事が忙しくてそんな事は綺麗さっぱり忘れとったわ。わはは」
とオヤジは最後は笑って誤魔化した。相変わらず食えんオヤジだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます