第329話無意味な会話
「やるかぁ! 作曲なんかした事あるわけないやろ。できるか! そんなもん。第一なんで俺がお前らのバンドの曲を作曲せなあかんのや?」
そう言いながらも僕は渚さんから和声とか作曲の基本的な理論は教わっていた。
『あんたが受ける受験には直接関係ないけど覚えていても損はしないし、覚えていた方がこれから絶対に役に立つから』と言われてそれなりに勉強はしていた。
だからと言って翔のためにそれを使う気にはなれなかった。
こんな安請け合いではやりたくなかった。
「まあ、その通りなんやけど、ノリでやってくれるかな? って思ったんや。甘かったかな?」
と無責任極まりないセリフを翔は吐いた。
「はぁ? 何がノリや。ええ加減なやっちゃな」
僕はため息をつきながら翔に言った。
「でもやろうと思えばやれるんとちゃうの?」
「やらん! やらん! 絶対にやらん!!」
と僕は首を振った。
確かに翔の言う通りやろうと思えばやれない事もなかったが、こういう事はきっぱりと断るのに限る。
翔は笑いながら
「まあ、それは冗談や。ぽっぽちゃんの曲をどうするかは考えるわ」
と言った。
僕には軽口をたたいたが、ぽっぽちゃんの曲に関しては彼なりに本気に考えているようだ。
「無理にオリジナルにこだわる必要はないと思うで。それよりも今お前が弾いた曲はええ曲やと思うけど、これはどうすんの?」
と僕は翔が弾いた曲の方が気になっていた。
「う~ん。これなぁ……ストリングス入れられる?」
「まだ言うかぁ……入れられへん事はないと思うけど……何でそこに拘るんや?」
と僕は聞き返した。こだわるなりの理由があるのかと思ったからだ。
「なんかゴージャスやん」
と翔はあっけらかんと言い放った。
「お前はアホやろ!」
やっぱり翔は単なるアホだった。その程度の理由で、その程度の男だった。
そう言いながら僕の脳裏には、背中にきらびやかな後光の様な羽を背負って舞台の真ん中で歌うオスカル様の姿が浮かんでいた。
彼の言うゴージャスとはこういう情景を指すのだろうか?
確かにそれなら分からなくもないが、彼の感性は僕には全く理解出ない。
それにしてもどこまでが本気でなのかよく分からん奴だ。
「これはシンプルにやった方がええと思うぞぉ。ベースはエレキでなくてコンバスでもええかもしれんけど……」
と僕は腹の中では『こんな男のセリフを真に受けた自分』を呪いながら言葉を続けた。
「う~ん。そうかなぁ……まあ、ちょっと考えてみるわ」
と翔は結論を出さなかった。
まだこの曲に未練があるのだろうか? どうしてもこの曲をぽっぽちゃんに歌ってもらいたいのだろうか?
もしかしたらそれなりに考えているかもしれなさそうな翔の横顔を見つめながら、
「まあ、ゆっくり考えや……それはそうと、お前んところのキーボードが速攻で殴り込んできたで」
と僕は話題を変えた。この話題は正直どうでもよくなってきていた。ひとことで言えば飽きて来ていた。
「あ、それ聞いた、聞いた。イサミン、ホンマ早とちりし過ぎやわ、悪かったな」
と翔も笑いながら新しいネタに食いついてきた。どうやら勇山から既に聞き及んでいるようだった。
「全然、気にしてへんし。まあ、同じ鍵盤楽器としては気持ちはよく分かるわ。ちょっと驚いたけど」
と僕も笑って応えた。
あの時勇山に突っかかって来られたが、その誤解は解けたので今は全く気にしていない。
「ホンマに早とちりもええとこや……そりゃ、お前がキーボードでうちに入ったら話題にはなると思うけど、うちでは宝の持ち腐れやわ」
と翔は言った。
そして真顔で
「第一、お前なんかが入ったら俺の影が薄くなるやん。あのコンクールの全国一位やで? 『クラシックからロックまで何でもこなす白皙(はくせき)の貴公子』なんかが入ってきた日にゃあ、俺の立つ瀬がないわ。俺がモテへんようになるやんか」
と最後は眉間に皺を寄せて言った。
「おい! 勝手に人にキャッチフレーズつけんな! 何が『白皙の貴公子』や、聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」
「いやいや、ピアノをサラッと弾く男はモテるんやでぇ……」
と顔の前で軽く手を振りながら翔は言った。
「そんな事は全く無いな」
と僕は首を横に振った。僕の人生でそんな経験は一度も無かった。
冴子に貶(けな)される事はあっても、ピアノを弾いているのが原因で誰かにモテた記憶は一度もなかった。
「う~ん。こいつは自分の立場と売りが分かってないな。ホンマに才能を無駄に浪費しとるな」
と翔はため息交じりに呆れたように言った。
どうやら翔にしてみれば僕は自分の才能の使い方を間違っている愚か者らしい。
「あほらし」
とだけ僕は応えた。
「まあ、ええわ。それはそうと今度、軽音の定期ライブあんねんけど、お前……見に来えへん?」
と、翔は唐突に聞いてきた。
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