第328話 翔の決意
「これってぽっぽちゃんが歌う曲なん?」
と僕が聞くと
「そう。そうやで。これにストリングスを入れたらどうやろ?」
と翔は聞き返してきた。
「ストリングスねえ……」
と僕は少し考えた。どうもこの曲にストリングスはぴんと来ない。
「なに? なんかおかしいか?」
怪訝そうな表情を浮かべて翔は僕の顔色を窺った。
「ストリングスとか言うそれ以前の問題やな……この歌……ぽっぽちゃんが歌うより、お前が歌った方がええ様な気がするねんけど……いや……それも違(ちゃ)うな……」
と僕は単刀直入に言った。
こういう事は回りくどく言わない方がいいような気がした。
「正直に言うと、この曲聞いた時はどっかのアイドルグループのお姉さんたちが、順番に歌う姿が目に浮かんだわ。お前……ブルースが好きとか言っておいて本当は推しのアイドルグループとかあるやろ!!?」
と僕はこの曲を聴きながら目の前に浮かんだ情景をそのまま話した。
アイドルグループがライブでこの曲を歌ったらなかなかいい感じではないかと思ったが、こんな曲をサラッと書いておいて『ブルースが好きだ』というふざけた事を言うロクデナシには嫌味のひとことでも言いたくなった。
「いや、お、推しのア、アイドルなんて……おる訳が……」
と翔はしどろもどろに否定しかけたが、僕はお構いなしに
「あるよな?」
とダメ押しのひとことを被せた。
「はい……済みません。居ります」
と翔は素直に認めてうなだれた。
「俺をなめるな」
「はい……でもなんで分かったん」
と力の抜けた情けない声で翔は聞いた。
「だから情景が浮かんだっていうたやろ」
「え? そうなんや。情景浮かんだかぁ……凄いな。俺! そんなギター弾くなんて」
と翔は驚いたような表情を見せたが、最後は自画自賛で締めくくった。
「何でもええけど、ギター弾いててそう思わんかったんか?」
僕はこれ以上呆れ果てたくなかったので、その自画自賛に無駄なツッコみを入れるのは止めた。
「いや、実は思わんこともなかってんけど……」
と翔も曲を作りながら同じことを感じていようだった。
「ほらみろ。この音域やったらぽっぽちゃんは歌えん事はないやろうと思うけど……」
と僕が言いかけるとその言葉を遮るように翔が
「この歌をぽっぽちゃんが歌っている姿を想像できんってか?」
と僕が言いたかった事を自分の口で言った。
僕が黙ってうなずくと
「ホンマは女性が歌う曲は自信がないねん。でもこの曲はぽっぽちゃんが歌う事を考えていたら浮かんできた曲やからなぁ……」
と言い訳して頭をかいた。
ぽっぽちゃんのために作ったはずなのに、いつも間にかアイドルが歌う曲になってしまったのか?
――どれだけ推しのアイドルの事が身体に染み付いているんや――
と僕は心の底から呆れ果てていた。
それでも気を取り直して
「無理してぽっぽちゃんにオリジナルを歌わさんでもええんとちゃうの?」
聞いてみたが
「うん。そうやねんけど、折角やからなぁ……」
と翔はオリジナル曲にこだわりがあるようだった。
「だったらお前がその曲を歌ったらええやん。これからもたまにはお前が歌う事もあるんやろ?」
どうせなら翔が自分のために編曲し直した方が、まだしっくりとくる気がした。
「いや、それはないねん」
と翔は間髪入れずに迷いも無く応えた。
「え? そうなん? なんで?」
僕は驚いて聞き返した。確かにぽっぽちゃんはこれから彼らのバンドのヴォーカルかもしれないが、今までは翔がこのバンドの看板だった。
ぽっぽちゃんに決まったからと言って、翔がすぐに完全にヴォーカルを辞めるとは流石に思ってもいなかった。
「俺はギターに専念したいねん。今までヴォーカルをやってきたけど、ぽっぽちゃんのバックでギターだけを弾いていたいねん」
と翔は当たり前のように言った。
「そうなんや……もう、ヴォーカルには未練はないと……?」
「ない! ない! 全くない!」
と翔はまた即答した。彼の言葉通り一分の迷いもないようだ。
「もしかしてぽっぽちゃんの声に惚れたとか?」
「それもある」
「ほぉ」
翔のこの潔い返事を聞いて僕は、なぜだか軽く感動を覚えた。
「最初の頃はな……バンド組んで演奏してるだけでも充分楽しかったんやけどなぁ……」
と翔は昔を思い出すように呟くとしばらく無言で何かを考えていたようだったが、思い立ったように顔を上げると
「曲はやり直しやな。……というか、お前がぽっぽちゃんの歌を作曲でけへんかぁ?……」
と僕に聞いてきた。
「うん、そうやな。やったこと無いけど、やれん事はないと思う……なんて事を俺が言うとでも思ったか! 愚か者めぇ!」
と僕はまたもや呆れながら言い返した。
――もっとまともな事は言えんのか? この男――
「え? やってくれへんの……」
と翔は情けない声を上げた。
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