第324話プライド


「なんでそうなるかなぁ? ギターとかやったら分かるけど、キーボードやろ? 誰が弾いてもそんなに変わらんやろう?」

と僕は聞いた。


「いやぽっぽちゃんの時はピアノの伴奏入れてじっくりと聞かすみたいな事を言うていたから……ってっきり……」


 そう言われて僕は少しどきっとした。

翔が言っていたセッションってそう言う意味だったもかもしれないと思い当たったからだ。

それならこの勇山の言いがかりも、あながち的外れとは言えなくなる。


「まあ、たまに一緒にやる事はあるかもしれんけど、それは俺だけやないで。他の器楽部の奴らもストリングスで参加するかもしれんし」


「え? ストリングス? 他の弦楽器も参加するんかぁ?」

と勇山が聞き返す前に哲也が驚いたように聞いてきた。


「ああ、さっき言いかけてたんやけど、うちのストリングスと一緒に演奏してみたいんやて……。特にぽっぽちゃんのヴォーカルで……」


 勇山の突入で話が途切れたが、僕は哲也と拓哉にこの話をしようと思っていた。


「それでかぁ……それは面白そうやけど俺の出番はあんまりなさそうやなぁ……」

勇山はさっきの話で誤解は解けたようだが、新たな不安が芽吹いたようだ。


「そんな事はないやろ。あくまでも器楽部とか俺のピアノとかは、その時の特別の編成やろうしやっても一回限りやろうからな」

と僕は勇山の不安を払拭しようと説明した。


「まあ、相手がなぁ、藤崎じゃなぁ……しゃあないわなぁ」

と勇山は諦めにも似たため息をついた。今一つ納得はしていないようだ。

もしかして勇山のプライドに触れたか?


「そう言う事やな。亮平はゲストピアニストみたいなもんやと割り切るこっちゃな」

と哲也が軽いノリで勇山に声を掛けた。


「はぁ、そうやな」

そう言うと勇山は頭を掻きながら

「藤崎、変な言いがかりをつけて悪かったな」

と僕に頭を下げた。


「いや、気にせんでええ」

と僕は応えた。


「まあ、あのバンドのキーボードはお前で変わりはないんやから、そう落ち込むこともないやろ?」

と哲也がまた声を掛けた。


勇山はそれには答えず黙ったままだった。


「ところでさ、お前って亮平のピアノを聞いた事あるんか?」

と今度は拓哉が聞いた。


 勇山は少し考えて

「あるで」

とひとことだけ応えた。


「どうやった?」


「流石やと思ったわ。俺にはあんな音は出せん。あの集中力は俺には無い。全国一位のピアノはこれほどのもんかと、正直言って驚いたわ……だから分かってんねんけどな。ただまだ少し、割り切れへんだけや」


「ボーカルの伴奏なら俺の方が上手いってか?」

と哲也が口を挟んだ。

勇山は黙って哲也の顔を見た。

どうやら図星だったようだ。


「まあ、そう言う事やな。ひとことで言うと……」

少し間が開いて勇山は応えた。


「あのバンドのキーボードはお前やからな。それでええんとちゃうか? それになんとなくやけどお前の言わんとする事が分かるような気がする」


 僕は黙って余計な事は言わないでおこうと思っていたのに、思わず口を挟んでしまった。僕が彼の立場ならもしかしたら同じことを思ったかもしれない。さっきの哲也にいびられた拓哉ではないが、自分の代わりに誰かが入るというのはあまり気分のいいものではない。


 勇山は僕の顔をじっと見て

「正直に言うとお前のピアノも聞いてみたいって言う気持ちもあんねん。純粋にそれが楽しみやったりすんねん」

と意外な事を口にした。

 僕がそれには応えず黙って聞いていると

「同じピアノを弾く人間として純粋にお前のピアノは聞きたいと思う。うちのバンドが器楽部と一緒にやるのは面白そうやな。それは実現したいな」

と最後は演奏者としての興味が勝ったようだ。


「ああ、そうやな」

と僕は頷いた。


「ほな、騒がして悪かったな」

勇山はそう言うと音楽室の出口に向かって歩き出した。

僕達は黙ってその後姿を見送った。


「ホンマに翔たちと一緒にやんのか?」

勇山が出て行ったのを確認してから哲也が聞いてきた。


「さあ? 今日の昼休みにそんな話をしただけやから、これからどうなるかなんて判らへんわ」

と僕は応えた。


「ロックとの共演かぁ……楽しそうやけどなぁ……実現したら」

と哲也は呟くように言うと拓哉が頷いていた。

彼らにとっても興味がある企画のようだ。







 

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