第323話 勘違い
そして僕たち三人の前に立ち止まると
「お前が藤崎やな!?」
と声を押し殺すように聞いてきた。この男はこのセリフを絶叫したかったに違いない。でも、他の部員の目を気にして出来なかった……みたいな感じがした。
「そうやけど。お前は誰やねん?」
と少し僕は眉間に皺を寄せて怪訝な表情で聞いた。後輩たちがこちらを見ていた。
男は名乗る代わりに
「お前にはキーボードの座は絶対に譲らへんからな!」
と訳の分からん事を言った。
「はぁ? なんのこっちゃ?」
――こいつは一体何が言いたいのだ?――
と理不尽な言いがかりに少し腹が立ってきた。
「お前、うちのバンドのキーボードやるんやて?」
男は更に詰め寄ってきた。
「はぁ? うちのバンドって、なんや?」
「弓削翔のバンドや! 知っとるやろ!」
と男は叫んだ。
「ああ、あのコミックバンドの事かぁ」
「なんやて? 人が気にしていることを言いやがって……」
更に違うネタで彼のボルテージが上がったような気がする。
「あ、やっぱり気にしてたんや。自覚はあってんな」
と僕は笑いながら言った。
「うるさい!! そんな事はどうでもええんや。兎に角、お前のキーボードは絶対に認めへんからな!」
その時、唐突に
「え? 亮平、お前、人間辞めんのか?」
と拓哉が悲しそうな顔で聞いてきた。
「せっかく人並みに学園生活を送っていたのに……何が不満で今更コミックバンドに入って、人生をドブに捨てるんや?」
と今度は哲也が笑いを堪えながら更に畳みかけるように言った。
「人をヨゴレかゴミみたいに言うな! やる訳ないやろ! 俺もまだ人生を捨てたないわ!」
と僕は叫んだ。
「おい!」
とその男は僕に話しかけてきた。
「なんやねん?」
と僕は振り返った。
「うちのバンドを掃き溜めのように言うな!」
とその男は言った。
「言うたんは俺とちゃう。こいつらや」
と僕は哲也達を指さした。
「アホ。そんな掃き溜めに行くのはお前やろが!」
と哲也が言った。
「だから、そんな底辺には行かんって言うてるやろが!」
「あの……お前……うちのバンドに入るんとちゃうの?」
とその男はさっきまでの勢いとは打って変わって僕の顔色を窺うように聞いてきた。
「入る訳ないやろ! あんなイモバンド! 誰がそんなガセネタ流したんや!」
と僕は思わず怒鳴ってしまった。
「いや、翔と和樹が『今度亮平と何一緒に演奏しよか?』とか言っていたから、てっきりぽっぽちゃんが入ってキーボードもメンバーチェンジするんかなと思ってんけど……」
と弱々しい声で言った。さっきまでの勢いはどこに行った?
その時、話の腰を折る様に
「お前、勇山(いさみやま)やんなぁ」
と拓哉が声を掛けた。
「ああ、そうやけど」
名前を唐突に呼ばれてその男はきょとんとした顔で拓哉を見ていた。
「やっと名前を思い出したわ。ずっと考えててん……」
と拓哉は一週間振りにトイレで気持ちよく出した後のように、スッキリした顔で言った。
「たっくん。こいつの事知っとったんや?」
と僕が聞くと
「いやいや、そういう訳でもないんやけど……確か一年時に隣のクラスにおった奴やったなぁって」
と気の抜けた声で応えた。
拓哉は名前を思い出して満足したようで僕たちが何の話をしていたのかなんて事は、どうでもよくなったみたいだった。聞きたい事を聞いたら、この話題にはもう興味も関心も無くなった表情をしていた。こいつはそういう奴だ。
「兎に角やなぁ……俺はお前らのバンドには加入せえへんで。たまにはセッションなんかはするかもしれんけど俺は軽音でもないし、コミックバンドに加入する事はないわ」
と僕もつられて少し気が抜けた感じになってしまっていたが、勇山にバンド加入の件はきっちりと否定した。
「そうかぁ……俺の早とちりかぁ……済まんかったなぁ」
と勇山は素直に頭を下げた。
そして
「いやな、あの藤崎がキーボードで入るって聞いたら、絶対に勝たれへんしって思ってメッチャ焦っててん」
とほっとしたように本音を語り出した。
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