第303話 部活動発表会
「うん。でも先生それほど、落ち込んではいなかったよ。さっさと『また編曲し直さな』って言うとったし」
と冴子は笑いながら言った。
「立ち直り、早や!」
と僕もつられて笑った。
「だから、あんた当日はピアノやなくヴァイオリンやからな」
と冴子は言った。
「あ、そうか!」
そうだった。全員でカノンを演奏する時はピアノのパートは無くなる。その代わりと言っては何だけど、少ないけど管楽器が入る。主旋律をオーボエが奏でる時は、思わず聞き惚れそうになるほどこの曲に合っていた。
「冴子もヴァイオリンやるんやなぁ?」
と僕が聞くと
「うん。弾くけど……その前に私は舞台で話をせなあかんねん。部長やから……だからこれは変わらへんねん」
と憂鬱そうに言った。冴子からしたらこの役も誰かに代わって貰えないかと期待していたんだろう。その考えは甘過ぎる。
冴子は当日進行役として舞台で器楽部の紹介をする事になっていた。
「そうかぁ。まあ頑張ってくれい」
「分かっとうわ。それよりも明日は音合わせするからちゃんと来るんやで。さぼりなや」
と冴子は忌々し気に言った。
部員勧誘の発表会当日。
吹奏楽部の発表後に僕たちは舞台に上がった。
「みなさん! こんにちは、器楽部です。私は部長の鈴原冴子です」
と今まで見たことも聞いた事もないような明るい表情と爽やかな声で、冴子は舞台の真ん中に立って新入生に挨拶をした。
その後ろ姿を見ながら僕たち部員は楽器を手に持ってパイプ椅子に座っていた。
――やればできるやないか!――
僕は日ごろの冴子の不機嫌そうな顔を思い出しながら冴子を見ていた。僕の座っている席と冴子の立っている位置は近い。横顔だがその表情ははっきりと分かる。
どうやら今日の冴子は頭のどこかに『詐欺師プラグイン』を実装したようだ。
僕と指揮台を挟んで反対側に座ってる哲也や拓哉もぽかんとした顔で冴子を見ていた。多分思う事は皆一緒だろう。誰もこんな爽やかな冴子を見たことが無い。千龍さんはこれも分かった上で彼女を部長にしたのだろうか? それなら流石としか言いようがない。
「私たち器楽部は昨年の春に二十数年振りに復活しました。まだ一年しか経っていません。その時の部員はたった六名でした。それが今では御覧の通りの部員がいます」
冴子はここでいったん話を切った。そして一呼吸おいてまた話しを続けた。
「さて、皆さんは『器楽部』という名前にはあまり耳馴染みが無いかもしれません。御覧の通りこのステージには先ほどの吹奏楽部と同じように楽器を持った人達がいます。でも吹奏楽部とは違います。これは器楽部です。
では吹奏楽部と器楽部の違いはどこにあるのでしょうか?
え? 品が良さそう? ありがとうございます。よく言われますが違います」
新入生から笑いが起きた。スベらなくて良かった。ツカミは外さずに済んだ……と僕は本気でほっとしていた。このネタを考えたのは哲也だった。僕よりも哲也が今一番ほっとしているだろう。
「では違いは何でしょうか? それは皆さん、既にお気づきになられていると思いますが、御覧の通り『弦楽器』があるかどうかです。
ヴァイオリン・ビオラ・チェロ……コンバスは……あ、これは吹奏楽部にもありますね。基本的に吹奏楽部は管楽器がメインですが、器楽部は管楽器も弦楽器も両方あります。『管弦楽部」とか『オーケストラ部』とか言った方が分かりやすいかもしれません。
そしてもう一つ、大きな違いは、皆さんの中でも中学校時代に吹奏楽部で管楽器に触れた事がある人は沢山いると思いますが、弦楽器に触れた事がある人は少ないという事でしょう。昨年入部した一年生もほとんどが未経験者でした。初めてヴァイオリンに触れた人がほとんどでした。
『弦楽器はとても難しいんじゃないのか?』と思っている人も多いのではないでしょうか?」
冴子は一度か客席を見渡してから
「確かに慣れるには管楽器よりは難しいかもしれません。でも、経験が無くてもちゃんと弾けるようになります」
と言うと今度は右手を挙げた。
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