第302話 理由

「反対と言うか……まあ、どちらかと言えば……してたかな」

 そう僕はこの六人だけで演奏する事には少し抵抗があった。

さよならコンサートのアンコールとして六人で弾いたのは、この器楽部を立ち上げた引退する三人の先輩達へのオマージュであり、ついでに一緒に立ち上げた僕達三人へのご褒美みたいなもんだと思っていた。


 先生はいつまでも思い出を引きずり過ぎかもしれない……もうあの先輩達は居ない。

『器楽部はカノンに始まりカノンに終わる』と言うのであれば部員全員で演奏すれば良い。そう言う意味ではこの曲は練習曲として何度も全体演奏でやっている。

だからいつまでも六人にこだわる必要は無い。もう冴子を中心とした新しい体制になったのだから……。


 そうは言ってもあの先生は情に脆い人なので、そこにこだわる気持ちも分からない訳では無い。だから部活では声を大にして『反対だ』叫びはしなかったが、冴子とか宏美とか何人かには僕の気持ちを伝えて「反対と言うか……まあ、どちらかと言えば……してたかな」


 そう僕はこの六人だけで演奏する事には少し抵抗があった。

さよならコンサートのアンコールとして六人で弾いたのは、この器楽部を立ち上げた引退する三人の先輩達へのオマージュであり、ついでに一緒に立ち上げた僕達三人へのご褒美みたいなもんだと思っていた。


 先生はいつまでも思い出を引きずり過ぎかもしれない……もうあの先輩達は居ない。

『器楽部はカノンに始まりカノンに終わる』と言うのであれば部員全員で演奏すれば良い。そう言う意味ではこの曲は練習曲として何度も全体演奏でやっている。

だからいつまでも六人にこだわる必要は無い。もう冴子を中心とした新しい体制になったのだから……。


 そうは言ってもあの先生は情に脆い人なので、そこにこだわる気持ちも分からない訳では無い。だから部活では声を大にして『反対だ』叫びはしなかったが、冴子とか宏美とか何人かには僕の気持ちを伝えていた。その時、冴子は黙って聞いているだけだった。


「あれからね。考えたん。瑞穂とてっちゃんとも相談したん。あんたら三人は先輩達と一緒に器楽部を立ち上げたんやし、演奏もしたんやから私らよりも想い入れが深いんとちゃうかなって思ったし……」

と冴子は言った。


 僕の話を黙って聞いていた割には、冴子は色々と考えてくれて行動を起こしてくれていたようだ。正直言って、そんなにも僕の言葉を真剣に捉えてくれていたのかと驚いた。そしてありがたかった。でもその気持ちは口には出さなかったが。


「そしたら、二人ともあんたと同じ事を言うてた。『全員でやった方がええんとちゃうかなぁ』って」

と冴子は言った。


「やっぱり、そう言うやろうなぁ……」


「やっぱりって?」

冴子が怪訝な顔で聞き返して来た。


「う~ん。口で説明するのは難しいねんけど……確かに俺ら三人は立ち上げメンバーやけど、別にそれに拘ってへんからなぁ。今の器楽部は六人の時とは違って人も増えたし……やっぱり特別扱いされるのは嫌やし。それに先輩達の代わりに入った宏美やシノン、たっくんも全員でやりたいと思っとったんとちゃうやろか?」

と僕は冴子にそう答えた。


ただ敢えてこの場で言わなかったが、他にも理由はあった。


 初めて発表会の演奏メンバーを聞いた時、僕は少し寂しさを覚えていた。

もうヴァイオリンは彩音さんではなく、ヴィオラも千龍さんではなく、コンバスも石橋さんではない。

思った以上に僕はこの面子にしっかりと馴染んでいたなと今更になって自覚した。

だから出来れば他のメンバーに代わった形での六重奏は気乗りしていなかった。少なくとも、もう少しは先輩達との想い出に浸っておきたかった。その記憶を上書きしたくなかった。


実は拘っていたのは先生よりも僕の方かもしれない。


 僕の話を聞いて宏美が

「シノンもたっくんも『本当は全員で一緒が良いと思う』て言っとった」

と応えた。部内でもそういう声が上がっていたようだ。でもそれは冴子の耳には届くほど強い声では無かった。


「そうやったんよねえ……」

と冴子が呟くように言った。


「私もそう思う。他のみんなも、できれば全員で演奏したいと思っとんとちゃうかな。だから冴ちゃんにそう伝えたん」

宏美はそう言葉を続けた。彼女も同じ想いだった。

冴子は他の部員たちの気持ちまでは把握していなかったようで、宏美の言葉で気が付いたらしい。


「で、冴子が先生に言いに行ったんか?」

と僕は聞いた。


「うん。私と瑞穂とてっちゃんと三人で言いに行ってん。ホンマはこれにあんたも呼ぶつもりやったんや」

と冴子は軽く眉間に皺を寄せながら言った。


「それって今日の話なん?」


「そうや」

と冴子は表情も変えずに言った。


「悪い……」

と僕は素直に謝った。

意図した訳では無いが間違いなく言い出しっぺは僕なのに、冴子たちに責任を押し付けたようで申し訳ない事をした。


「で、先生は『それでええ』って言うたん?」

と僕は冴子に聞いた。


「ほとんどてっちゃんと瑞穂が言うてくれたん。先生は黙って聞いとったけど、『そうやね。もう新しい器楽部やもんね。先生ちょっと考えが足りなかったなぁ』って……。それで全員で演奏する事になったん」


「そっかぁ……何かそれ聞いたら美奈子先生に悪い事したなぁ……」

と僕は美奈子先生の気持ちが分かるだけに少し辛かった。

いた。その時、冴子は黙って聞いているだけだった。


「あれからね。考えたん。瑞穂とてっちゃんとも相談したん。あんたら三人は先輩達と一緒に器楽部を立ち上げたんやし、演奏もしたんやから私らよりも想い入れが深いんとちゃうかなって思ったし……」

と冴子は言った。

 僕の話を黙って聞いていた割には、冴子は色々と考えてくれて行動を起こしてくれていたようだ。


「そしたら、二人ともあんたと同じ事を言うてた。『全員でやった方がええんとちゃうかなぁ』って」

と冴子は言った。


「やっぱり、そう言うやろうなぁ……」


「やっぱりって?」

冴子が怪訝な顔で聞いてきた。


「う~ん。口で説明するのは難しいねんけど……確かに俺ら三人は立ち上げメンバーやけど、別にそれに拘ってへんからなぁ。今の器楽部は六人の時とは違って人も増えたし……やっぱり特別扱いされるのは嫌やし。それに先輩達の代わりに入った宏美やシノン、たっくんも全員でやりたいと思っとったんとちゃうやろか?」

と僕は冴子にそう答えた。


ただ敢えてこの場で言わなかったが、他にも理由はあった。


 初めて発表会の演奏メンバーを聞いた時、僕は少し寂しさを覚えていた。

もうヴァイオリンは彩音さんではなく、ヴィオラも千龍さんではなく、コンバスも石橋さんではない。

思った以上に僕はこの面子にしっかりと馴染んでいたなと今更になって自覚した。

だから出来れば他のメンバーに代わった形での六重奏は気乗りしていなかった。少なくとも、もう少しは先輩達との想い出に浸っておきたかった。その記憶を上書きしたくなかった。

実は拘っていたのは先生よりも僕の方かもしれない。


僕の話を聞いて宏美が

「シノンもたっくんも『全員で一緒が良い』て言っとった」

と応えた。


「そうかぁ……」


「私もそう思う。全員で演奏したかったん」

宏美はそう言葉を続けた。彼女も同じ想いだった。


「で、冴子が先生に言いに行ったんか?」

と僕は聞いた。


「うん。私と瑞穂とてっちゃんと三人で言いに行ってん。ホンマはこれにあんたも呼ぶつもりやったんや」

と冴子は軽く眉間に皺を寄せながら言った。


「それって今日の話なん?」


「そうや」

と冴子は表情も変えずに言った。


「悪い……」

と僕は素直に謝った。

意図した訳では無いが間違いなく言い出しっぺは僕なのに、冴子たちに責任を押し付けたようで申し訳ない事をした。


「で、先生は『それでええ』って言うたん?」

と僕は冴子に聞いた。


「ほとんどてっちゃんと瑞穂が言うてくれたん。先生は黙って聞いとったけど、『そうやね。もう新しい器楽部やもんね。先生ちょっと考えが足りなかったなぁ』って……。それで全員で演奏する事になったん」


「そっかぁ……何かそれ聞いたら美奈子先生に悪い事したなぁ……」

と僕は美奈子先生の気持ちが分かるだけに少し辛かった。

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