第293話理由


「なんでそんなん、やろうかと言う気になったん?」

と僕は聞いた。

 美乃梨は皿の上のティーカップを両手で包み込むように持ったまま

「うん。実はね。この前にね、冴子に呼ばれて器楽部の先輩に会ってん」

と答えた。


「え? 冴子に呼ばれた?」

意外な応えに僕は戸惑った。唐突に冴子の名前が出てくると何故か身構えてしまう。いやな予感しかしない。


「うん。宏美も一緒におったけどね」

そんな僕の心の内を見透かしたように美乃梨は宏美の名前を出した。


「え? そうなん?」


「うん」

 本当に見透かされているようで癪だったが、宏美も一緒に居たという一言で僕は少し安心した。


「もしかして会った先輩って彩音先輩?」


「そうそう。小此木さん」

 予想通り美乃梨は彩音さんに会っていた。『先輩と会った』と聞いた時一瞬、千龍さんの顔も浮かんだが何故か僕は彩音さんだという気がしていた。


「彩音さんがなんて言うてたん?」


「今度、冴子が部長になったんやろ? それで新学期からはコンサートや演奏会を増やすみたいやねんって。それにみんな勝手にバンドやグループ組んでやっているから、誰が誰と組んで何をやっているのかもよく分かっていないって言ってたわ。そう言うのを全部まとめて面倒見て欲しいって」


 確かに美乃梨の言う通りだった。

僕にしろ哲也と拓哉と三人で組んでいるが瑞穂を入れて四人でやったり、この前みたいに彩音さんと組んだり三年生と演奏したりと割と自由に誰とでも組んで演奏していた。


「だからそんなもろもろの雑用をこなすマネージャーが、これから必要になるやろうと思っとったそうやねんけどね。私が帰宅部でヒマそうに見えたのかもしれんけど、冴子と宏美が声を掛けてくれたん」


「なるほどねえ……で、彩音さんに説得されたという訳か……」


 美乃梨の話を聞いてやっとおおよその状況が飲み込めて来た。


「説得?……う~ん、ちょっとちゃうけどね。うち、この学校に来て間がないし来年は受験やんか。転校して来て、なんかそれだけでは面白くないなぁって思っていたのは事実やねん。でも、今更部活に入るのもねえ……って。けど、器楽部やったら知っている人間も多いし亮ちゃんもおるし、これやったらまだ入部しても楽しいかもって思ってん」


「ふ~ん。なんや姑息に思い出作りがしたかったわけね」


「まあ、そうやな。ひとことで言うと……って姑息って言うな!」

と少し遅れて美乃梨は憤慨していた。


「で、いつから来んの?」

そう言って僕は珈琲カップに口をつけた。


「明日から……あ、そうや。後ね、彩音先輩にね、『亮平君の面倒見てあげて』って言われたよ」

と思い出したように美乃梨は言った。


「え?」

思わず口に含んだ珈琲を吹き出しそうになった。


「亮ちゃんだけでなく、冴子や瑞穂の事も頼まれてん。『この学校にしては珍しく才能を持った演奏家がおるから、この人たちのサポートもしてあげて欲しい」って頼まれたん」


「そうなんやぁ……」

それを聞いて僕は彩音さんらしいなと思った。


 あまり目立って何かをしたり言ったりする人ではないが、さりげなく気を使ってくれる人だ。

ただ演奏に関しては相当前向きで厳しい人でもあるけれど。

ただ、出来れば……頼むんだったら僕の事だけにして貰えればもっと嬉しかったのに……と密かに思っていた。


「亮ちゃんって才能あるんや」

と上目遣いの疑い深そうな目つきで美乃梨は言った。


「ほっとけ」

と僕は言った。


 僕たちの会話を黙って聞いていたオヤジが

「お前の部活には、そう言う役目の人がこれからは必要やろうな」

と口を挟んできた。

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