ガラコンサート
第264話 久しぶりに会った人
その日は思ったより早くやってきた。
僕たちが競いあった同じホールでのガラコンサート。
ここは僕が初めて冴子のピアノ演奏に焦りを覚えたホールでもある。あの追い込まれた感は二度と味わいたくないなどと思っていたら、ついでにあの日のオヤジの勝ち誇った顔も思い出して無性に腹が立ってきた。
それはさておき、今日は昨年のコンクール上位受賞者によるコンサートだった。
コンクール当日とは違って今日は待合室の空気も明るく感じる。もちろん緊張もする理由もなく、いつものように冴子と一緒に出番を待っていると、背中越しに声を掛けられた。
「藤崎君!」
と僕の名前を呼んだ声の主は石川梨香子だった。
あの日、コンクールが終わってから、何とか僕は彼女を見つける事が出来たので、改めて冴子を紹介した。もちろん冴子の事を『いけずなバカ』呼ばわりしていた事は内緒にして貰ったが……。
その日以来、彼女とたまにメールのやり取りなどで連絡は取っていたので、ここで彼女と再会できることを楽しみにしていた。
「お、全国三位!」
と僕は振り向きざまに声を掛けた。
「それ、君が言う? 性格悪いな」
と梨香子は眉間に皺を寄せて言った。
「へへ。まあね」
と僕は軽く受け流したが梨香子も笑っていた。
「性格悪いというより、こいつは思ったことがそのまま口に出てるだけやからね。その上、自分の事を全く分かってへんし……」
と横からすかさず冴子が口をはさんだ。
「こいつ呼ばわりすんな」
と言いながらも、確かに今のは冴子の言う通りかもしれないなとは思っていた。
梨香子は笑って済ませてくれたが、僕自身がピアノを演奏することに於いて他人からどんな風に見られているのかよく分かっていなかった。たかだかコンクールで優勝した位で、僕の立ち位置が変わる事などないと思っていたが、そうとは言い切れないような雰囲気をこの頃は感じ始めていた。
そんな僕の余計な一言を気にする様子もなく
「いいのよ。そのおかげであの時に私は冷静さを取り戻せたんだから。感謝しているのよ」
と梨香子は笑ってフォローしてくれた。
あの日、冴子に彼女を紹介した時に
「あんた、こんなところにまで来て女の子を引っ掛けるとか凄いな」
と軽く引き気味に冴子になじられたが、全くそんな不純で不遜な動機で声を掛けた訳ではなかった。
冴子の演奏を聞いてガチガチに緊張している梨香子を見て思わず声が出てしまっただけだ。
「ちゃうわ!」
とすかさず否定したが冴子には全く通じていなかった。
「ホンマに緊張感がない男やからな」
と冴子は吐き捨てるように言い放った。冴子にしたら『自分の演奏中に女子高生に声を掛けるなんて、とてつもなく不埒で不謹慎な奴だ』ぐらい思っていたのかもしれない……梨香子の言葉を聞いて僕はその日の事を思い出していた。
「ねえ、梨香子は何を弾くんやったけ?」
と冴子が思い出したように聞いた。もう僕の話題には飽きたようだ。
「モーツァルトのピアノソナタ第3番」
「あ、そうか! 第三楽章を弾くっていうてたよね」
冴子は手をポンと叩いて思い出したように言った。
「そうそう」
「なんや? お前ら連絡取り合っていたんや」
僕は意外だった。確かに冴子に梨香子を紹介したが、冴子がその程度のきっかけで知り合いになった人間と頻繁に連絡を取り合う事があるなんて予想もしていなかった。
「そうや。悪い?」
冴子は僕を軽く睨みながら言った。
「いや……悪くはないけど……」
――冴子ってこんなに誰とでも友達になるタイプだっけ――
と予想外の展開に少し裏切られた感を感じつつも、友達ができるという事は良い事だと僕は思い直した。
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