第250話 応接室
オヤジが立ち去るのを見届けてから
「なぁ。さっきの外人ってダニエル・ヴァレンタインやんなぁ。指揮者の……」
と哲也が聞いてきた。彼らも気が付いていた様だ。
「ああ、そうや。よう分かったな」
と当たり前のように返答したが、心の中では少し焦っていた。
――なんで顔を見ただけで分かんのや? こいつら――
僕はオヤジに教えて貰うまでは全く気付いていなかった。
「そりゃ、判るやろう。判らん方がおかしいやろ?……で、なんで、そんな大物指揮者がここにおるんや?」
――判って当然みたいな話なんか?――
それはさて置き、彼らは当然のように僕と同じ疑問が湧いてきたようだ。その気持ちはよく分かる。
「冴子のオトンが呼んだらしいで」
どうやら普通は見ただけで巨匠だと判るものらしい。僕は内心少し狼狽(うろた)えながら哲也の問いに答えた。
――俺はもしかして鈍いのか?――
これまでが無頓着すぎたかもしれないと、哲也と話をしながら悟った。
「ホンマかいな? 知り合いなんか?」
「そうらしいで。昔からの……」
「へぇ。流石やな。金持ちは何でもありやな」
哲也と拓哉は呆れたような顔をした。感心も度を超すと呆れかえるものらしい。
「せやな。俺もそう思うわ」
と僕もその意見には激しく同意だった。
「どうせなら、ヴァレンタインに指揮してもらいたかったなぁ」
と今度は拓哉が口を開いた。
「ホンマやな。今からでもやってくれへんやろか?」
哲也が笑いながら応えた。
――その気持ちはよく分かる――
「そりゃ、無理やろ」
と僕は言ったが二人の意見にはまたもや激しく同意だった。
「あ、そうや、『今日の演奏はもう終わりやから、パーティー楽しめ』って」
と哲也は思い出したように話題を変えた。
「誰が?」
「千龍さんが」
「そうなん?」
「ああ。『先生がそう言うとった』って教えてくれた」
「そっかぁ……そう言えば、なんか腹減ったなぁ」
彼らにそう言われて少し小腹が空いていた事に気が付いた。
そんな事も忘れる位に緊張していたとは思っていなかったが、それなりに気が張っていたのかもしれない。
「うん。なんか食いに行こか」
「せやな」
と僕たちはパーティー会場の人たちの中へ入って行った。
僕たちが一つのテーブルを占領して食事をしていると、パーティーの参加者から声を掛けられた。
「とってもいい演奏だった」
「また聞かせて欲しい」と。
どうやら僕たちの演奏はこの人たちに受け入れられたようだった。
僕たちにとってもとってもいい演奏会だったので、是非もう一度ここでやりたいと思っていた。
暫くすると瑞穂と宏美達が僕たちのテーブルにやってきて
「いつまで休憩してんの? 働け!」
と言って僕たち三人はそこを追い出された。
僕は会場内を一回りして空いた食器とかを回収して調理場に持って行った。
再びホールに戻ろうと調理場から出たところで
「あ、亮ちゃん、探しててん」
と冴子に声を掛けられた。
振り向くと息を切らした冴子が立っていた。
本当に会場内を探していたようだ。
「俺を? なんで?」
「うん。お父さんが呼んできてって」
「え、鈴原さんが?」
「うん」
「そうなんや……書斎におるん?」
「うん」
「ほな、ほな行ってみるわ」
と僕は鈴原さんの書斎に向かった。
――わざわざ冴子に呼びに来させるような用件とは何だろうか?――
僕にはまったり心当たりも予想もつかなかった。
冴子も一緒に来るのかと思ったら冴子はその場に立ち止まったままだった。
それを少し不思議に思いながらも僕は鈴原さんの書斎に向かった。
勝手知ったる他人の家ではないが、小さい頃から出入りしていたこの屋敷は、書斎がどこにあるかは聞かなくても分かっていた。
ノックをしてからドアをゆっくりと開けた。
そこには鈴原さんとオヤジとあのヴァレンタインが居た。そしてオヤジの幼なじみのたんこちゃんもオヤジの隣に立っていた。
四人は応接セットの椅子には座らずに立ち話をしていた様だった。
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