第228話 大人の考え
開いた扉から入ってきたのはオヤジと冴子の父親鈴原さんだった。
「おや? こんな時間にこんなところでたむろしている不良学生が……とうとう、あんちゃんの店も憩い喫茶から不良学生のたまり場に格上げかぁ?」
と、言いながらオヤジは僕たちと同じようにカウンターに座った。
「アホかぁ。親の躾がなってないから、俺が保護してやってるんやろうがぁ……それに、いつうちが憩い喫茶になってたんや?」
と安藤さんは呆れ気味にオヤジに言い返していた。
鈴原さんは二人のやり取りを見て笑いながら、我関せずとばかりに「生頂戴」と言って座った。
「お前ホンマにビール好きやなぁ? 何杯目や?」
とオヤジが呆れたようにツッコんだ。
「さあ? そんなもん覚えとらんわ」
どうやらオヤジ達は他の店で飲んでの帰りに、この店に寄ったようだった。
オヤジはいつものように安藤さんにグレンリベットのロックを注文すると
「なんやこんな時間まで? あんちゃん! 悩める青少年の相談事でも受けてたんかぁ?」
と聞いた。
安藤さんは何も言わずの首を横に振っただけだった。
横を見ると哲也と拓哉が固まっていた。
そうだった。彼ら二人は僕のオヤジどころか冴子のオヤジにも会った事は無かった。
ただ単に酔っ払った変なオッサン達に絡まれてしまったと思っているようだ。
僕は慌てて二人に
「あ、この二人は俺の父さんと冴子のお父さんや」
と説明した。
「え? 冴子って鈴原かぁ?」
と二人は驚きながらも一瞬で表情が安堵に変わっていた。
「そうや」
と僕が答えると、二人は慌てて立ち上がって
「あ、立花です」
「篠崎です」
と言って頭を下げた。
「いつも息子らがお世話になっているねぇ」
と言ってオヤジは笑った。
オヤジは学生服を見て僕の同級生だとは分かっていたようだが、この二人の焦りには気が付いていなかった。
「それにしてもこんな時間まで、こんな店におるって珍しいなぁ」
と、オヤジは聞いてきた。
「うん、まあね……」
と、ちょうどいい機会なので今までの話の流れをオヤジに説明した。こういった話は大人の意見を聞いた方が何か答えが見つかるかもしれないと思っていた。それは他の二人も同意見だった。
オヤジは、僕たちの話を聞きながら、チェイサー代わりにビールも注文していた。
僕たちがあらかた話し終わると
「要するに、その吹部の新しい部長が『なんで彼の入部を認めてくれなかったのか?』って言う話なんかな?」
とオヤジが拓哉の顔を見ながら僕に聞いた。
「まあ、そんなところかな」
「それを聞いた子供電話相談室の安藤大先生は、なんて言うてんのや?」
と、オヤジは安藤さんに目をやった。
「安藤さんには、まだ聞いてない」
「なんや? そうなんや」
とオヤジは意外そうな顔をした。
「俺が何かを言う前にお前らがやってきたんや」
と、たばこの煙を天井に吐きながら安藤さんが答えた。
「あ、そうなんや」
とオヤジは納得すると
「まぁ、その部長……現実を見たんやろう」
とひとことだけ言った。
オヤジには僕たちの説明で全てが分かったというのか?
「え?」
僕たちが驚いてオヤジの顔を見た。
安藤さんは無言でうなずいていた。大人三人には同じ答えが見ているようだった。
「いや、普通分かるやろう? お前らの通っている高校はどんな高校や?」
と、その高校の卒業生であるオヤジが意外そうな顔で聞いてきた。
それほど判り易い話だったのか?
そういえばここにいる三人の大人達は僕たちの高校の先輩だった。
「そんなん父さんも知っているやん。普通の県立高校やんか」
「それで?」
「それでって……後はそこそこ進学校っていう感じかな」
「それが答えや」
「え?」
「まだ分からんかぁ? 鈍いやっちゃなぁ……一応お前らの学校は「文武両道」が建学の理念とは言うてるけど、二年生になったらお前の高校は受験体制に入るやろうが? そんな時に気合入れて部活なんかできるか? お前みたいに藝大やら音大に行くっていう奴はええかもしれんけど、そんな奴の方が少ないやろう? どうや?」
オヤジは呆れ返ったように言った。
「確かにそうやけど……」
言われてみたらそうだ。僕は一年の時に藝大に行くと決めていたので受験に関してそれほど考えが至らなかったが、ほとんどの生徒が普通に大学の入試試験を受ける。間違っても実技試験でピアノを弾いたりチェロを弾いたりはしない。
「その部長もそれが分かって、逆に今更戻って来られて『全国目指すぞ』なんてやられたらかなわんって思ったんとちゃうかな? と言うかそれを言ったところで部員のほとんどが付いて来えへんと分かったんとちゃうかなぁ……ま、要するにその部長には、現実が見えてしまったって事やないかなぁ……」
オヤジの話はもっともな話だった。うちの高校は進学校だ。全てが大学を目指すとは言わないが、ほとんどの学生が部活よりも受験である事に違いはない。確かに吹部は今年もぬるい部活と富山さん認めていた。もっとも基本的な事を僕たちは見落としていた。
「ま、ホンマにそうかどうかは本人に直接聞いた訳や無いから分からんけど、そんなところとちゃうかな? 篠崎君の事が許されへんとか嫌っているとかそんな理由ではないと思うわ」
とオヤジは僕たちに言うと目の前に置かれたグラスに手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます