第227話葛藤

「これは亮平やな……で、これが哲也の分」


「これって?」


「そう、お前らと一緒に弾いていた『PIANO MAN』の楽譜。あれから演奏しながら色々手直ししたやん。だから清書してん」

 この曲を初めて演奏してからは三人で相談しながら手直しして、自分たちなりの『PIANO MAN』を模索してきた。手渡された楽譜は、あまりにも書き込み過ぎて収拾がつかなくなった音符たちを整理しようと拓哉が書き直してくれたものだった。


 僕は拓哉から楽譜を受け取ると改めて楽譜を読んだ。ピアノパートはそれほど手を加えられていなかった。

その楽譜を手に取って

「あんまりピアノはアドリブ入れてなかったもんなぁ……もっとジャジーな感じでなくてええのかぁ?」

と僕が言うと

「う~ん。それは俺も感じてた……でも、まあ……ピアノのアドリブは亮平に任すわ」

と拓哉に押し付けられてしまった。

 僕は再び楽譜に目を落とした。拓哉の父親ならもっとJAZZっぽく弾いたんだろうなぁとまた思った。どうしてもそれが気にかかってしまう。僕はJAZZに関してはそれほど知識がないし遊び程度で弾いた事しかなかった。


「でもなぁ。この曲をお前らと演奏出来ただけでも、ここでの目的は達したと言えば達したようなもんやねんなぁ……」

拓哉はそう言うとコーラを飲んだ。


 僕は拓哉の言葉に少し違和感を感じた。

「まさか……お前? この楽譜を清書したんは……」


「うん。そうやねん。吹部に戻ろうかと思っててん。今の合同練習が終わったら……」


「哲也!」

予感は当たった。僕は哲也の肩に手をやり聞いた。

「お前はこれを知っとたんかぁ?」

拓哉はこの楽譜を置き土産にするつもりだったのか?


「いや、聞いてへん」

拓哉の気持ちは哲也も知らなかったようだ。



「でもな。それを栄に相談しに行ってん」

と拓哉が力なく言った。


「え?」

僕と哲也は同時に拓哉の顔を凝視した。


「『寄り道したけど吹部に戻って一緒に全国目指したい』っていうたんや。そうしたらあいつにな『戻って来んでもええ』って言われた」


「なんで?」


「『今更お前の戻ってくる場所は無い』って」


「お前のオヤジの話も知ってんのやろ?」


「ああ」


「じゃあ、なんでや?」

僕は同じ質問を繰り返した。


「さあ?」

拓哉はそう言って寂しそうな表情を見せた。


「栄に戻る話をした時は、正直まだ迷とったんや。でもな、速攻で『戻って来んでもええ』って言われたら、結構……来るもんがあるわな」

 確かに拓哉の言う通りだ。断るにしても物には言いようとかがあるだろう。『一緒に部活を頑張ろう』という約束を破って辞めた拓哉が悪いと言えば悪いのだが、原因が原因だけに他に言いようは無かったのか? と僕は思った。哲也もそれに関しては同じ意見のようだった。


「それって北田との件があった後か?」


「ああ、そうや」


「そっかぁ……まあ、どっちにしろ。吹部に戻られへんねんから、うちで頑張るしかないな?」

と哲也が拓哉の肩を軽く手を置いて言った。


「うん。そうやな」

その返事にはまだ拓哉の躊躇が感じられた。彼はまだ納得がいっていない様だ。宮田の言葉に引っ掛かっているのは明らかだった。

僕は敢えて

「お前、別に器楽部が嫌なんとはちゃうんやろ?」

と聞いた。


「当たり前や。お前らと演奏しているのはホンマに面白いし楽しい。お前らにつられて俺も巧くなった気がするし……」

と最後は少しの謙遜も入ったが、彼のコンバスはとても安定していて彼がどう思っているかは知らないが元々巧い演奏だった。


彼のベースのお陰で僕はそんなに慣れていないアドリブなんかも試すこともできていた。



「それにしても『戻ってくる場所が無い』って結構きついひとことやなぁ……しかしホンマにそんなんやったら北田がわざわざたっくんに嫌味を言いに来たりはせんやろう?」

宮田の一言は僕も気になっていた。それと同時に北田と拓哉とのやり取りも気にかかっていた。


「かなぁ?」

と拓哉も判断がつきかねているようだった。


「どう思う? 哲也」

僕は哲也に聞いた。


「う~ん。お前の言う通りやんなぁ。あれはどう考えても『なんで戻って来んかった! バカ野郎!』的な感じやもんなぁ」

と哲也も僕に同意見だった。


「なんか栄の言うのは別の理由があるような気がする……」

と哲也にしては珍しい深読みだった。


「例えば?」

と拓哉が聞いたが

「そんなもん俺が知るか!」

と哲也は間髪入れずに応えた。やはり彼の深読みはこの程度の浅さだった。


「たっくん、もし栄が断った理由が他にあったとして、それが分かったらどうするんや」

と哲也が聞いた。


「さあ? そんなもん、そん時になってみんと分からんわ」


「そうやんなぁ」

と哲也と僕は同時に頷いた。


 その時、店のカウベルが鳴った。

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