オーケストラな日常
第215話 合同練習
「ごめん! 遅うなってもうた!」
放課後の音楽室の扉を少し焦りながら開けると、すでに哲也と拓哉がピアノの前で僕を待ってくれていた。
「ホンマや。でもな俺らもさっき来たとこや」
と哲也が机に軽く腰かけながら笑った。拓哉は机ではなく哲也の隣の椅子に座っていた。
「え? そうなん?」
「ああ、それよりコンクールおめでとう」
僕が近づくと拓哉が笑顔で迎えてくれた。「ごめん! 遅うなってもうた!」
放課後の音楽室の扉を少し焦りながら開けると、すでに哲也と拓哉がピアノの前で僕を待ってくれていた。
「ホンマや。でもな俺らもさっき来たとこや」
と哲也が机に軽く腰かけながら笑った。拓哉は机ではなく哲也の隣の椅子に座っていた。
「え? そうなん?」
「ああ、それよりコンクールおめでとう」
僕が近づくと拓哉が笑顔で迎えてくれた。
「あ、ありがとう」
同級生に「おめでとう」とか言われると照れるもんだ。
「やっぱりな。お前なら一位を取ると思ってたわ」
と哲也も笑って言った。
「ホンマかいな。絶対に思ってへんかったやろう……ま、でもおおきに」
こうやって友人からのひとことは嬉しいが、なんだかやっぱり恥ずかしい。
「お前も頑張ったやん」
と拓哉が哲也に声を掛けた。
「そっかなぁ……亮平ほどではないけどな」
そう言いながら哲也は頭を掻いた。
「全国三位って凄いぞ」
と僕が言うと
「ふん。余裕で一位取った奴に言われてもあまりうれしないけどな」
と笑いながら哲也は応えた。と同時に僕の腹に軽く拳を入れて来た。
「アホか。余裕なんかあるかいな」
と僕はお腹を押さえながら応えた。これは謙遜でなく本当にあの時は冴子に……いや、冴子とオヤジの連合軍に追い詰められて必死だった。その情景が見事に蘇ってきていた。もう済んだ事とはいえ、薄氷を踏む思いであったのは嘘偽らざる気持ちだった。
僕たちが出場したコンクールで僕はなんとか一位を獲得する事が出来た。冴子は二位だった。兎に角、最後の最後に冴子に負けずに済んで良かった……というか、今まで勝ち負けを意識した事が無かったので、今回みたいに『勝てて良かった』とホッとしている自分が少し可笑しかった。
ただこういうのも心地よい緊張感があって良いなと思ったのも事実だが、冴子に負けずに済んだから言えるセリフだろう。できればそんな緊張感はこれっきりにして貰いたいというのも本音だった。
まあ、あれだけ冴子に煽られたら負けたくなくなるのも無理はないだろう。奴のバックには何故か僕のオヤジも付いていたわけだし……是が非でも勝ちたかった。
審査発表が終わった後冴子は
「あ~あ。負けたままで終わっちゃった」
と悔しそうに言った。でもその顔は笑っていた。結果はともあれ、彼女なりに満足のいく演奏だったのだろう。もっと悔しがるかと思っていたので少し拍子抜けだった。
僕は冴子にあの演奏について聞きたい事が山ほどあったが、それ以上に気にかかっていたのは僕の一つ前に弾いた石川梨香子の事だった。僕はその彼女の姿を探していた。約束通りに彼女を冴子に紹介したかった。
正確で繊細なピアノを弾いた彼女はコンクール三位に入っていた。
ロビーを見渡したが直ぐに彼女を見つける事は出来なかった。代わりにオヤジと鈴原さんが僕と冴子を見つけた。
「おめでとう。亮平。冴子もおめでとう。お前ら、ホンマにようやったな」
鈴原さんが笑顔で握手を求めて来た。僕は慌てて手を差し出した。
「ありがとうございます」
鈴原さんは僕の手を強く握りしめて「うんうん」と何度も頷きながら僕の肩を軽くたたいた。
そして
「冴子もよう頑張ったな。お父さんは感動したぞぉ」
と言うと今度は冴子の頭を撫でた。
冴子は恥ずかしそうに俯いて
「うん」
とひとことだけ言った。
その冴子を
――これはめっちゃ嬉しい時の冴子や――
と驚きながら見ていた。
こんなに本気で自分の喜びの感情を隠している冴子を見るのは初めてだった。
その後ろで腕を組んだオヤジがこの場では明らかに場違いな、いけ好かない笑みを浮かべてウドの大木のように突っ立ていた。そしてその横には安藤さんも立っていた。この大人三人はわざわざ東京まで見に来たというのか? 暇なのか?
僕はこの会場にこの三人が居る事に驚いたが、それ以上に言いたいことがあった。
「オヤジ、あれはなんや?」
軽く睨むように僕は言ったが、結構眉間に皺が寄っていたかもしれない。
「あれって?」
明らかにとぼけたようにオヤジは鼻の頭を掻きながら応えた。
「あ、ありがとう」
同級生に「おめでとう」とか言われると照れるもんだ。
「やっぱりな。お前なら一位を取ると思ってたわ」
と哲也も笑って言った。
「ホンマかいな。絶対に思ってへんかったやろう……ま、でもおおきに」
こうやって友人からのひとことは嬉しいがなんだかやっぱり恥ずかしい。
「お前も頑張ったやん」
と拓哉が哲也に声を掛けた。
「そっかなぁ……亮平ほどではないけどな」
そう言いながら哲也は頭を掻いた。
「全国三位って凄いぞ」
と僕が言うと
「ふん。余裕で一位取った奴に言われてもあまりうれしないけどな」
と笑いながら哲也は応えた。と同時に僕の腹に軽く拳を入れて来た。
「アホか。余裕なんかあるかいな」
と僕はお腹を押さえながら応えた。これは謙遜でなく本当にあの時は冴子に……いや、冴子とオヤジの連合軍に追い詰められて必死だった。その情景が見事に蘇ってきていた。もう済んだ事とはいえ、薄氷を踏む思いであったのは嘘偽らざる気持ちだった。
僕たちが出場したコンクールで僕はなんとか一位を獲得する事が出来た。冴子は二位だった。兎に角、最後の最後に冴子に負けずに済んで良かった……というか、今まで勝ち負けを意識した事が無かったので、今回みたいに『勝てて良かった』とホッとしている自分が少し可笑しかった。
ただこういうのも心地よい緊張感があって良いなと思ったのも事実だが、冴子に負けずに済んだから言えるセリフだろう。できればそんな緊張感はこれっきりにして貰いたいというのも本音だった。
まあ、あれだけ冴子に煽られたら負けたくなくなるのも無理はないだろう。奴のバックには何故か僕のオヤジも付いていたわけだし……是が非でも勝ちたかった。
審査発表が終わった後冴子は
「あ~あ。負けたままで終わっちゃった」
と悔しそうに言った。でもその顔は笑っていた。結果はともあれ、彼女なりに満足のいく演奏だったのだろう。もっと悔しがるかと思っていたので少し拍子抜けだった。
僕は冴子にあの演奏について聞きたい事が山ほどあったが、それ以上に気にかかっていたのは僕の一つ前に弾いた石川梨香子の事だった。僕はその彼女の姿を探していた。約束通りに彼女を冴子に紹介したかった。
正確で繊細なピアノを弾いた彼女はコンクール三位に入っていた。
ロビーを見渡したが彼女を見つける事は出来なかった。代わりにオヤジと鈴原さんが僕と冴子を見つけた。
「おめでとう。亮平。冴子もおめでとう。お前ら、ホンマにようやったな」
鈴原さんが笑顔で握手を求めて来た。僕は慌てて手を差し出した。
「ありがとうございます」
鈴原さんは僕の手を強く握りしめて「うんうん」と何度も頷きながら僕の肩を軽くたたいた。
そして
「冴子もよう頑張ったな。お父さんは感動したぞぉ」
と言うと今度は冴子の頭を撫でた。
冴子は俯いて
「うん」
とひとことだけ言った。
その後ろで腕を組んだオヤジがこの場では明らかに場違いな、いけ好かない笑みを浮かべてウドの大木のように突っ立ていた。そしてその横には安藤さんも立っていた。わざわざ東京まで見に来たというのか?
僕はこの会場にこの三人が居る事に驚いたが、それ以上に言いたいことがあった。
「オヤジ、あれはなんや?」
軽く睨むように僕は言ったが、結構眉間に皺が寄っていたかもしれない。
「あれって?」
明らかにとぼけたようにオヤジは鼻の頭を掻きながら応えた。
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